京都大学大学院ドイツ文芸表象論奥田研究室最新情報

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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文系研究者の環境~デバイス編④~(松波烈)

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いやそうだろうか。マウスが安定していてトラックボールは不安定などという他人の言説流言を無考えにおうむ返しして自分の本当の実感すら歪めるような同調バイアスに、はたして理があるだろうか。思い込みによる予断を慎みたいものだ。

話を進める前に先に注記するが、当M-HT1URXBKはボタンがマウス製品中最多である。戻る・進むはもちろん、ホイール押し込み用ボタンを作ればホイールを押し込むシンドさも・手をCtrlキーに持っていく手間もなく別タブが開けるし、ダブルクリックボタンを作っておけば、ああダブルクリックとはしんどいものだったんだと想うぐらい心労が省かれるし、それだけやってもまだボタンが余る。ゲーミングマウスでもここまでの多ボタンは稀だろう。M-HT1URXBKはマウスデバイスの中でおそらく最も便利で最も快適なのだろう。

確かに、ドラッグアンドドロップなどだと、途中で落としてしまうミスをしかけるものだった(ボタンが親指に変わったからというのもある)、それでも数日で慣れる。慣れればマウスよりも操作の正確さが劣るということは一切まったくない。ただただ、マウスと違って指先微動でポインタが動かせるぶん優雅に疲れなく操作できるし、多ボタンによりOS上を思うままに支配している感覚である。指先だけの操作だから安定感に劣ることも違和感が否み難いことも、別にない。

それでも、トラックボールの解説は事実に基づかない手前勝手な言い分が多く、よく言うように、《マウスとちがってポインタを精確に動かせない》だとか、《ポインタが真っ直ぐには進まない》だとか、「真っ直ぐにはそう君を見れない」だとか、「どこまででもそう続く青空」だとか、《弧を描く動きになる》だとか、円を描くだとか、賛成カワイイ!だとか、「ときめきを平常心に」だとか、「大切なイノセンス」だとか、僕は不器用太陽だとか、「ただ君のそばで照らしてるだけだ」とか、「友達のままで海へ行って何をすればいい?」だとか、「恋する季節がもどかしい感じでジリジリアツいだけだ」とか、

 

潮風に吹かれ
波を見ていられたら
これもいいかな

 

だとかいうこともなく、ポインタの動きには、マウスへの遜色など、一切なかった。

だからM-HT1URXBKを永久に使っていたかったのだが、唯一の問題があった。ボールが滑らかに滑らんのである…(←「スベらかにナメらん」とは読まない)。一旦ボールを指が動かしてしまうとそこからはコロコロ動くのだが、これへの初動というのが何とも引っかかるのである。玉自体はピカピカのつるつるなのだが、玉が鎮座して接触している支持球との接触がつるつるではないのである。まあこのページなんか参考(ちなみにこのページの記述もそうだがトラックボールの内部が掃除必要なほど汚れることなど、無い。どんな使い方しとんねん。そういえばPC内部にほこりがたまる話とか画像とかあるが、どうやったらそんなもの溜まるのだというものだ。ホコリや汚れだらけのキーボードの写真なんかもよくあるが、普通に暮らしていればあんな状態にするほうが難しい。この問題はゴミ屋敷等々にまで通じることだが、普通に暮らしていれば物事や物品はそんなホコリかぶったり汚れたりせんものである。そんなにゴミ出たり黒ずんだり油まみれたり食べ物散らかったりせんものである。なぜそんな簡単に汚れるのかゴミが溜まるのか、魔訶不思議でならん)。ということで支持球への108均グリス塗布が必須になる。しかも塗っても(使用に耐えるように入念に拭きまくるのだから)すぐ落ちる。結局何週間も待って支持球にホコリが2ミリほど溜まることでそれで摩擦が相殺されて何とかスルスル滑るようになった。しかしこのこれを取ったら元に戻る。

滑りにくい玉、もとい玉の引っ掛かりに悩む日々、やがてマウスに戻る必要が生じ、というかまあそれよりも何か物が買いたくなってきた。

中華のエルゴノミクス買いました…。これは購入時’19.06.07と同じく今も2980円だが、見ての通りめちゃめちゃカッコいい。超モダン。ハイパーおつ。スペシャル惚れる。ありえないシェイプ。激烈クールで爆裂スマート。ダムド!!ベノン!!!ああそうですよボタン減りましたよ。苦痛に満ちたダブルクリック再開しましたよ。肘から先をずるずるべったり動かしてますよ。タッパあるからほんまに手が当たって倒しますよ。それでもこのRGB君相当有用である(なおRGBは年中オフの模様)。数ヵ月もつものだとはいえとにかく電池を気にしたくないから有線を買ったのだが、ところがワイヤが一向に邪魔にならない!ワイヤがマウスを引っ張ったりしないのである。これは開眼モノで、どうやらマウスがデカく重いからのようだ。マウスに或る程度重量があると、ワイヤに左右されなくなるのである。有線ならマウスは軽ければ軽いほどいいもんではないことが分かる。マウスは無線しか選択肢が無いと諦めていたところ、これは大発見だった。もちろん動作性はごく普通で無謬のマウスである。(辛くも手放したトラックボール君は結局メルカリでたいっがいの値段で買っていただいたのであるが、ぬめぬめ滑りさえすればトラックボールは最高の第一級マウスデバイスである。その日が来たら自分はマウスを捨てる。いやケンジントンの1万円のを買えば

さてここからは番外編として、2006年3月から5年使っていたオーディオテクニカのATH-AD700や、2011年4月から現在まで使っているゼンハイザーのHD595(当時1,7800円)といった音響デバイスの話をしようと思うが、続けれそうなら後日更新するであろう。(まあ、SKE48 2じゃないよ!NGT48のにいがったフレンド!観るのに忙しすぎて到底そんなヒマないのだが。)

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文系研究者の環境~デバイス編③~(松波烈)

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という価格帯であるが故に、ゆうてもそない大したもんではない。

という話を進める前に1点だが、マウスパッドなども小マシなものを使おう。まさか机にマウス直置きではないでしょうな…。また、敷いていても、ハンカチ敷いているのと大差ないぺらっぺらの雑巾パッド、こんなんは止めておこう。なぜわざわざ金を出して苦痛を買うのだろうか?上述マウスの翌月にエレコムのマウスパッド(当時627円)を買ったが、またしても呆れ果てる事態だった。なんでこんな快適になるイイものをこんな端金で買えるのを今まで買ってなかったのか。なぜ世の大多数のPC風景では敷かないほうがマシな雑巾パッドの苦痛に耐え忍んでいるのか。ということである。なお、ダイソーの108円のパッドでも快適さが大差ない…。ようするにつまり、パッドがズレないような裏張りになっていることと、そもそもパッドにそこそこ厚みが有ることと、リストレストが有ること、がポイントで、こうさえなっていればそのパッド ごっつ快適である。

次に、’17.02.14に、ペリックスのエルゴノミクス(PERIMICE-608)に手を出す。前回記事で言った世の大多数マウスからしたら23世紀ばりの超ハイテクマウスだが、たったの2299円(当時)である。やはり、戻る進むボタンぐらいは付いていること、ゴム張りで滑らないこと、ワイヤが邪魔をしないこと、制服が邪魔をすること、制服を脱いでサヨナラを…制服を着た名探偵、が重要だが、確かになるほど「人間工学」、マウスを持つ手とは手首が回内していない状態であるべきなのである。こういう横向きが正しいマウスの形なのである。前述石ころマウスで満足でございという人なら手を出すのはこのペリックスまでで十分である。便利すぎて悶えのたうち回り胃を吐き出し手から背中が生えてくるだろう。

しかし買い物は買い物のための買い物だ。「予想どおりに不合理」に行くものだ。ぺリックスのに買い替えたのはM-D21DLRDを床に落としてクリックに0.001ミリ引っ掛かりが出来たからでもあった。買い替える要があったっちゃあった。しかしやがて知る、トラックボールというものが有るらしい…。PERIMICE-608まだ元気無傷なんやけど…。

出ましたトラックボール。これはもう、上記石ころマウス民からしたら、宇宙人の利器である。使うことも出来ず使うことも出来ない。そんな予感のままにそんな購買欲動のままにエレコムのM-HT1URXBKを’18.03.20に買っちゃった、ヨイショ!!購入価4860円。もう、安い買い物ではない。

(こう見てくるとやたらエレコムばっか買っているようだが決してエレコム派なのではなく、むしろFILCO派だし、セガサターン派だし、ナノックス派だし、ひやむぎ派だし、マッドマスター派だし、はるっぴ派だし、みるきー派だし、矢神久美派だし、矢も盾も止まらない矢吹奈子派である。)

なぜか勘違いされているがトラックボールとは本体が動かないものなのでワイヤに邪魔されることが一切なく、ワイヤレスにこだわる必要が全くない。電池も心配したくないし、素直に有線を買えばよいトラックボールは無線である意味が全くない。ワイヤレスなら、高い上に電池に縛られるだけのこと、デメリットしか無い。

さて無線と有線(選択の余地がないが)、ボール親指操作型とそれ以外、ボールのサイズ、など色々なタイプがあるのだが、親指1本操作なら親指がヘタったら終わりなのだからもちろん人差し指・中指・薬指が全部参加できる大玉にしておいたし、1080のディスプレイ上でポインタにがんがん迅速に移動してもらいたいのだから勿論大玉以外ありえない(ボールが大きいほど僅かな操作でポインタが大きく動く)、そしていつもするように発売日がなるべく最新のもの(←あんま意味ない)を選ぶ、ということでM-HT1URXBKにしたのだが、かなり正解だったようだ。玉がデカいぶん本当に指先でちょちょちょいでポインタが縦横無尽に動く動く。1~3本指好きなようにどうぞ。トラックボールに慣れるのに何日もかかるとか時には何週間もという文章が散見されるが、そんなことは全くなく、2日ほどで慣れる。その他トラックボールがいかなるモノなのかというのはとにかくググってください

自分からして特に目につくマウスとの最大の違いは、ポインタが完全に静止しやすいことだ。例えばリンク(文字列)をクリックする時のことを考えよう。マウスだと、握っている手を放しでもしないと、ポインタが静止はせず、またはしにくく、細動しつづける。しかしクリックするためには握っているしかないのだから、当該リンク(文字列)に対してポインタが常にフラフラする。誰でも経験している通り。一方トラックボールだと放すのは指だけなので容易に放せれるし、放してもクリックは出来るので、当該リンク(文字列)に対してポインタが一切ぶれない。これが、リンクをカチカチするような時には(ものすごくある)歴然たる差になる。

つまりマウスとトラックボールの違いとしてよく言われることを想起することになる。トラックボールだと、ポインタ操作は指だけの操作で、他の操作や他の身体部分と別々のものたりうる。クリックも同様。一方マウスだと、良くも悪くも、どの操作も肘から先の身体動作全体に含まれてしまい、肘から先の身体動作全体にずるずるべったり引きずられてしまう。そうやって常に全体関与だから、マウスのポインタ操作が、よく言われるようにヨリ安定することになる。

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文系研究者の環境~デバイス編②~(松波烈)

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というエレコムにハマりながらもFILCO Excellio LiteのFKBE109/JWを使っていて、これが人生で一番長く使うキーボードになっていた。Amazon以外で買ったから当時の購入価格が記録が残っていず不明である。とにかく白と桃色という色がいい。マイナスイオンばんばん出ていた。ちなみに桃と白というのは、斉藤優里、中野愛理、小熊倫実、石森虹花、渡辺美優紀、等のサイリウムカラーである(←ハイここ超重要)。ということで、キーボードは必ず桃色+白色にしよう。見た目としては青春時計の時期の衣装の1つのような感じである。さて、109配列なのでWindowsキーが右にもあってそれが微妙に便利だった(Windowsキー+Dキー、Windowsキー+Eキーを使わない日があろうか)。パンタグラフの中では打鍵感が抜群なほうだろう。これまでの中では最も打ちやすかったし指が痛くもならなかった。それでも、特にCtrlキーから離せない小指が痛む…。

そして徐々に買い物欲がメカニカルキーボードという上位機種に向かい始め居ても立ってもいられなくなり、居たり立ったりしながら、前回記事で言った上述Majestouchを買ってしまう。黒軸……とにかく打てば分かる!のだが、キーを押し込むずっと手前で反応するので「撫で打ち」をすることになる、打鍵感が安物一般キーボードと別世界、キーの押し込みに肉感とでもいうようなナニカが有る(安物には無い)、そしてこの品に限っては異常に反応が高速で、つまりキーを押し続けると同じ字が連続出続けるわけだがあれが超高速で出る、などなど等々、とにかく異次元体験だった。

そしてこのMajestouchというのはメカニカルキーボードの中でも静電容量無接点方式ではない下位機種である。したがって将来はあの東プレのREALFORCEを買うことになる訳である。かつて貧乏なりに一瞬は手を出した高級ペン…実にバカバカしい。金をかけるならキーボードだ。それは、金をかけるなら文書作成ソフトだというのと同じで、自分の商売では人生で最も長い時間これに接しますというものに金をかけるのが当然で至当だ。例えば、文系研究者、正直に白状すれば、非常に長時間椅子に座っている商売である。自分が最も長い時間集中的に接するものである椅子に金をかけなければならないことになる。自分でも最低限これぐらいの椅子にはしている。買えるならもちろんトレジャーチェアのようなものにしたらいいだろう。

次にマウスの話だが、まあもちろんこだわってなんぼだということである。

とはいえ、マウスはキーボードほどには使わない。当たり前のようにマウスに手をべっちゃり置いている絵がPC操作の基本風景みたいに勘違いされてしまっているが、マウスは触れる程度の最小限の助けにするものである(反対に、Windows7から「スクリーンキーボード」が有って、べっちゃりマウスだけでもあらゆる操作ができるが、もちろん不便でしかなくやる意味がない)。マウスでの操作、コピーする・貼り付けする・ウィンドウ切り替える・ウィンドウ閉じる・ワックス塗る・ワックス拭く(←ベストキッド)・すべてのプログラムを表示する・印刷する・ブックマーク表示する・その他100以上のマウス操作が、キーボード上のショートカットでできるし、やったほうが速いし、やったほうがラクだし、やったほうが能率上がるし、人生を自分で切り開けるし、自分は坂口渚沙推しだし、下青木香鈴推しだし、箱推しである。また、箱推しである。ところで、西潟茉莉奈推しである。ちなみに、水野愛理推しである。

さてさてそのマウスだが、前回言ったようにお仕着せのを1年以上使っていたのだが、特にマウスがヒドかった。と言っても企業や学校のPCで使われている最も一般的なタイプのプラッチックつるっつるのサービスのへったくれもない石ころマウスである。そう、あなたが《マウスとはこんなもの》と思い込みそれ以外のマウスなど想像もつかないというようなそのそれは、マウスたちの中で最下等の最不便品種であり、使っていて苦痛と時間の無駄以外の何ももたらさないブツなのである。

当然自分も《これがマウス》と思い込んでいた。というところに、エレコムの他愛のないM-D21DLRDを買った。’13.11.09のこと、当時1236円。便利さに腰を抜かした。「戻る」と「進む」がマウスでできる!ゴム張りだからつるつる滑らず操作が疲れない!上記お仕着せ(つまり世の大多数の支給PCのマウス)がワイヤに引っ張られて位置をズラされて苦難の連続だったのに対して、ワイヤレスだからその苦痛がゼロになる!(電池は何ヵ月も持つ。)感動を通り越して呆れる事態である。マウストハコンナニイイモノガアルモノナノカ…。しかもこの価格帯の品でこうである。はっきり言って、電子機器デバイスやネット上の便利さ、本シリーズで紹介してきたIT関係の世界のちょっと懐に入りさえすれば、原始時代からタイムスリップしてきた実感がするものであろう。自分には、この記事で書いたDELL Inspiron 1564がまずそうだったし、他にも多数ある体験だが、このマウスを使った時もそうだった。早く、目が開かれましょう。

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文系研究者の環境~デバイス編①~(松波烈)

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前回記事で「文系研究者の環境」シリーズのサブチャンネルを始めたが、メインチャンネルのほうでは今回投稿から「デバイス編」です。

書き物系の我々ということでマウスとキーボードについてまず書くことになるが、それにしても自分もかつては紙とペンの呪物崇拝の世界に住んでいて、それはもう万年筆なども大好きで、2000.09.頃からセーラー最安物、次に5年程シェーファーの8000円台、次にペリカンのトラディショナル215(当時ノマド1230から通販で約1,1000円)のBを’07.03.31から5年未満、次にパイロットのカスタム823(FKK3MRPBNF)のF(当時Amazonで2,1200円)を’11.11.30~’17.06.19、と貧乏人安物買いをしてきたものだが、今やペン等デ字ヲ書クという行為の一切をしなくなったものである。必要もない。今後することもない。

今現在FILCO Majestouchの黒軸(FKBN108ML/NFB2SHK、当時Amazonで9192円)で’18.11.21頃から打っているが、キーボードも、デスクトップ一筋ゆえ時々替えてきてた。マウスもである。上記記事に見るH330付属品を1年以上我慢して使っていたが、替え出す。キーボードだが、大パンタグラフ派の自分、まずエレコムのTK-FCP004BK(当時2398円)を’13.11.10頃に買っている(すべてAmazonで買っているので以下「買う」じゃなくて「Amaポチる」という新動詞を使いたいのだがそうするとこのカッコ内を読んでいない読者が面食らうばかりだろう)が、すぐに目移りがして5日後にロジクールK200を買う(当時1999円)。後者はまあパンタグラフと間違えたのだが、こっちから言うと、すなおなメンブレンである、以上。軽量だから移動が苦にならない。また、買ってきた中では音量調節などの便利キー数が最多だったが、これは不要であり、この点は注意が必要だが、キーボードを買う上で、ホットキーなどの有る無いは気にせず考慮しないほうがいい。

というのは、ほとんどの人が知らない(し問題視もしない)のだが、キーボードのキーというのは、どのキーに何の字を出させ何の機能を呼び出すかを自由に配置替えできるからである。そのためのソフト乃至アプリを使う。自分なら「KeySwap」をインストールしている。他にもいくらでもあるし、どんなのがあってどうやって入手するかも、それらの使い方も、とにかく、ググれば、山ほど出る。とにかくググりましょう。ところで、こういったソフトアプリ類で変えれない・生成できないキーはFnキー(ファンクションキー)だけである。これはOSでなくBIOS(現在ではUEFI)とつながっている。だからFnキー付きキーボードは操作がFnキーの位置に束縛される(何を言っているのか分からない人は、とにかく上述ソフトアプリ類でキーボード配置替えをしてみたり或いはFnキー付きキーボードを使ってみたりしてみましょう、すぐに分かります)。で、どうせ、上述アプリソフト類でFnキー押しながらの動作などもすべて自由に生成できるのだから、Fnキー付きキーボードというのは自由を損なってくるだけの意味しかない悪質なキーボードなのである。買わないように。なお、自由に生成というのは、例えば使っていないキーに特定機能を割り当てるということである。自分なら、ScrollLockキーとプリントスクリーンキーというよくある不要キーを音量上げ下げキーにしている。邪魔なだけのCapsLockキーをWord上でフィールドコード操作する時のF9キーにしている。他の不要キーに、ウィンドやタブを閉じるのに頻用するF4キーを割り当てている。逆にCtrlキーのような、ショートカットのために常に指が乗っているキーなどは、減らせない(PC操作できていない人ほどCtrlキーを使っていず、できている人はCtrlキーが擦り減る。Enterキーじゃないよ)。他にも色々変更している。人生は自分で切り開こう。

自分がキー配列で重視するのは、最多使用するCtrlキーやAltキーが左手側にも右手側にも有ることで、したがって109配列・108配列以外使う気にならない。

さて上記エレコムのほうだが、軽すぎる…。軽量というのは持ち運びの苦を軽減するという長所しかないもので、打っている時の手応えがなくなってしまう。上記エレコムぐらいスカスカだと、打鍵というよりペチペチやるという感触になる。それでも、PC購入時お仕着せのデバイスよりは遥かにいい。デスクトップだ、カスタマイズぐらいしよう(別にノートでもできますよ)。人生は自分で切り開こう。

このエレコムなども小型だが、手の小さい自分にさらに合っていたのが’15.03.04に買ってたエレコムのTK-FDP071TBK(当時3518円)で、鉄板なしというのではないのだが小型なうえワイヤレスだから移動がラクだった。ところがしかし!小さすぎた…。ここまでキーがサイズ斉一だとどれがどのキーかがブラインドで見つけにくいことこの上ない。上下キーすら見つからない。105配列はAltキーCtrlキー左右付きなのはいいのだがFnキーがひたすら無用。しかもそのAltキーCtrlキーがブラインドで見つけにくいのである。それでも、このコンパクトさは革新的だった。執筆する人間はAlt Codesというものを使うのだから(まさか知らないとは言わないで)テンキー無しのキーボードなどは論外も論外のオモチャ以下なのだが、それでも大方の人にはキーボードが大きすぎているはずだ。よって小さすぎる違和感に少々慣れさえすればスグレものだった。のだが、もう一点、ここまで薄型のパンタグラフだと、2ページほど2時間ほど2メールほども打っていると、指が痛くなってくるのである。鉄板を叩いていたのかな。

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文系研究者の環境~ニュース編①~(松波烈)

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以前の記事で気にしてあったプロセッサーのRyzenだが御存知7日に第3世代が出た。

解説しているサイトが(発売前からも)何個も有って例えばここなどが特に見やすくまとめてる解説だが、「7」以上と一部の「5」の上位モデル限定の話である。プロセスルールが7nm、新アーキテクチャ、「9」だと16コア32スレッド品も有る、キャッシュ倍増、グラフィックス機能なし、DDR4-3200対応。うむ上位はイイコトずくしだ。(よし、発奮してグラボ買って本格水冷だ!以後、とんでもない電気代!!!昔知人が目の前を走る高級車について排気筒から硬貨がチャリチャリ出ているようなものだと言っていたものだが、そう、モノには維持費というものが有る。)

ゲーム前提のハナシに縁がなく、オーバークロックという百害あって一利もない無駄とも無関係の低レベル自作者には、現時点だと、APUである5 3400G3 3200Gもっぱら気になることになる。が、こっちだと、アーキテクチャが旧態依然で、12nmプロセス、したがって、コア数やコスパのみならずシングルスレッド性能すらついにIntelを上回った!(+消費電力が驚異的に下がってる!)という目出たい話ともおそらく無縁、というものである。

今回AMDは低価格品購入層には配慮しなかったおこぼれ的な品出しをしたようだ。実際そうであるようだし、そして今後もこの路線でいくようだ。

というか、5 3400G3 3200Gのサンダとガイラ(双数)、ググると、発売前から、第2世代と大きな変化はなしと言われていた

いずれにせよ、5 3400G(現時点2,0304円)ならもうレビューが付いているから買いやすいし、3 3200G(現時点1,2744円)もレビューこそまだだが前世代同位モデル(現時点1,0014円)より2730円高いだけなのでためらないく手が出せる。前世代よりスペック微増は微増、さらに消費電力が大分抑わっている、ときているから、数千円の価値はというと十二分に有ることになる。

いま、自分のようにCorei3-8100マシンという高性能モノ(低レベル民には)をすでに組んでいるなら別だが、いま時点で自作するのなら、それもRyzen第3世代!の気分(だけ)は味わえるモノを自作するなら、5 3400G3 3200Gが買いなようだ。よっしゃ!!

と書いてきてあくまで誤解のないように言っておくが(リンク先を見ずこの記事しか読まない(←やめてください…)というのでもない限り誤解などあろうはずがないのだが)、今回のRyzen新世代というのは、上位機種に関しては著しい機能向上でありしかも価格はあくまで抑えたものであって、対Intelの意味からは革命的な発売だということが間違いないような気配の様子である。ようするに、IT市場が活気が有って、わずか数年後の展開が楽しみだということである。Ice Lake待ち!

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2019年春季独文学会京都支部会(松波烈報告)

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恒例の前置き挨拶から始めますが、以前の記事で言及した「Sing Out!」だが、収録曲、このグループのこれまでの発表楽曲の聴きごたえの絶対的安定度からすると、どうしても一聴でそこまでピンと来る神曲揃いでもなかったかもしれない。ただ、聴きこめばそうでもなかろうし、のような存在などが一聴一瞬でぶっ飛ぶ神々々々曲で、ここまでたまげたのは正味おいでシャンプー以来である。

表題曲がさすがに別格で、渡辺みり愛(ともちろん伊藤理々杏)選抜入りなどが快挙、シンクロニシティ路線の映像によるMVも圧巻だった。ただ、こういうエキストラなのなら、もういっそアンダーの人らが出演したらいいのにと思うものだ。

4期生楽曲も、あくまで今の所だが、それほどそこまでは圧倒的衝撃的ではなかった。こういった新期生心機表明曲としては、自分には、聴き応えが、どうしても、圧倒的衝撃的なボーダー(2期生)>>>>>>>三番目の風(3期生)>>>>4番目の光(4期生)>乃木坂の詩(1期生)となってしまう(「ぐるぐるカーテン」の他の収録曲は全部超神曲なのだが…)。この4期生曲は冠番組#211(2019年6月16日)でスタジオライブを披露しているが、うむなるほど!というものだった。かつて冠番組の#101(2017年4月16日)で三番目の風スタジオライブを観たときには目が飛び出し天井が落ちてくる超大感動だったものだ(しかも「別冊 乃木坂46 SHOW!」#150(2017年5月6日)のスタジオライブなど、カットなしフルだし撮り方がもっと高質、さすがNHK)。やはりスタジオライブをけやき坂/日向坂冠番組並みの頻度で放送してもらいたいのものである。

 

さて本題ですが、本日2019年6月29日(土)、龍谷大学深草キャンパスで、JGG京都支部会がありました。
プログラムはここに見る通りのものです。
会場のある22号館の入り口です。そこまで着くとこのように案内掲示が出ています。左側の看板です。右側のは関係ありません。また別の会合です。大学の入り口にすでに出ている場合もありますが、これを見ると一安心するものです。では建物に入りましょう。3階なのでエレベーターを目指すとしましょう(本当は階段しか使わないのだが)。
エレベーター前にも案内掲示があります。迷わない。
開会前の会場前。
↑の廊下の反対方向から。
今回はこのような会場でした。
当然のことながら自分は最前列、演壇の真正面に席を取ります。
会場の最後列の机に紙の配布資料が置いてあるわけです。
休憩中の会場内。京都支部会は毎回おおむねこれぐらいの参加者数です。

休憩中の会場内。会場後部から。
第3プログラム開始直前。パワポのスライドが見えます。

13:32頃に開会の辞があって、13:39頃~14:12頃に第1プログラム、14:12頃~14:29頃に質疑応答。質疑は1名から4点、1名から2点、1名から1点、1名から1点でした(おおよそ)。
休憩。
第2プログラムが14:39頃~15:18頃、それの質疑応答が15:18頃~15:33頃、1名から1点、1名から1点、1名から1点、1名から1点質疑がありました(おおよそ)。
休憩。
15:50頃~16:31頃に第3プログラム、16:32頃~16:51頃に質疑応答。質疑は1名から3点、1名から3点、1名から1点でした(おおよそ)。
休憩。
事務上連絡が16:51頃~17:08頃、
閉会の辞が17:08頃~17:13頃、
その後に別会場で懇親会があったようです。

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文系研究者の環境~ウェブ編③~(松波烈)

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前回述べたことを詳しく言っておくと、今では論文でもネット上資料が使われ言及されるようになっているが、人類はまだまだITには素人であって、酷く間違った使い方をしている。その1つを注意喚起すると:

ウェブからの出典の明示をする時には、当該ページの上位ページなり包括ページなりを示すとか、さらにそのページの作成者なり所有者なりを記すとか、その他、そのページを含んでいるサイトがどのようなものであるのかを明らかにする情報を表示しなければならない。そうやって当該ページに関する情報をなるべく豊富に表示しておいて、仮にそのページが消えた(多々あることだ)としても元はどういった性質のサイト上のどんなページだったのかということが判るようにしなければならず、判ってそのページの関係物やそのページの類似物に辿り着ける可能性を残さなければならない。紙媒体の出典明示をする時に掲載雑誌や掲載書籍を表示するのと同じことだ。それどころかそれプラス出版社から出版年から何から何までまで記すでしょ?これが、その資料の「何」を表示する方法だ、万人が分かっているように。ところが、ウェブからの出典の明示を「URL+閲覧日」でするという奇習が横行している。が、リンクは所詮切れる。また、「閲覧日」など、自分が閲覧した日という個人的情報以外の何でもなく、そのページの記述に辿り着くためのいかなる何も表示していない。その資料の「何」を語るものを一切提供していない。あなたは、文献の出典明示をする時に「読んだ日」を記載するのか?
研究上の出典明示は、本記事のようなブログなどで文字列にリンクを貼っているだけのような処置とはワケが違うはずだが、気楽で非《高級》なネット記事よりもコンセンサスも常識も行き渡っていないかのようであるのは、どうしたことだろうか。

さて前回から見ている小一覧だが次に目を向けたいのは「Wörterbuchnetz」であろう。これは前回書いた諸サイトと違って玄関口から入っても特に動きづらくはない。見ての通りドイツ語各種辞典をほぼ網羅(であってあくまで全網羅とは言っていない、以下同様にして以上同様)している。例えば中高ドイツ語など、おなじみのマティアス・レクサーなどもう持ち歩く必要がない。そういう時代になったのである。いま例えばすぐみつかるのでいいから何かしらのスマホの端末でも買う(これも安くなったものだ。例えばどんな格安スマホにも驚異的画素数・高解像度のカメラが当然装備されてあり、それを「写ルンです」の90年代人から見たらどう見えることか)。タブレットならもっと安いものがある(再三再四言うが、ググられよ!)。別に何の設定も要らない。そのままで、校内Wifiはじめ各種Wifiでこの「Wörterbuchnetz」につながればよい。するとアラふしぎ、図書館巨大書棚何ラック分の100冊は超すであろうレファレンスが、手のひらの上に乗るのである。ドラえもんより遥かにスゴい時代に住んでいることが、お分かりだろうか。こういった電子媒体ネット媒体の今現在の欠点短所をあげつらうことは簡単だがそれが日々昼夜克服されてい(てやがて紙媒体を無用にする水準に達するだろう)るという事実を想ったほうがずっと建設的なこと火を見るよりも明らかである。さて「手のひらの上」だが、「Wörterbuchnetz」には、グリム辞典が載っている!始まったころは工事中だったが現在では「z」まで完備している。あのグリム辞典がCD-ROM!だった事も過去のことにすぎなくなっているのである。もちろん、「Wörterbuchnetz」のようなものが或る日なくなったとき(空虚な空想にすぎないが)には、まず別の類似サイトを探せばいいことだし、或いは、本シリーズのこの記事で書いた方法でPDFを入手しておいたらいいことである。19世紀時点の出版ならグリム辞典もGoogle Booksにある。そのPDFを開くための手元物体もタブレット含め日進月歩するばかりだ。

ということで、今見ている小一覧上のサイトの数点を紹介したが、他のリンク先も研究上非常に役立つツールである。他にまだBibliotheca Augustanaというとんでもない超有益サイトのリンクも貼ってあるが、このサイトは開いて見ての通り西洋古典を主として12言語(2019年5月28日現在で)の文献をテキスト提供している。我々として用があるのは「Bibliotheca Germanica」だろうがその年代別一覧を見て分かるように古高ドイツ語・古低ドイツ語・中高ドイツ語・中低ドイツ語を主とする凄まじい網羅ぶりである。20~21世紀も網羅しているからまだ相当に工事中なのだが、ゆくゆくは欧米言語テキスト提供サイトとして最大のものになるのかもしれない。

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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文系研究者の環境~ウェブ編②~(松波烈)

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室

SKE48 25thシングル選抜発表動画が出た。たしかにこれは熱い。ここにきて古畑奈和センターとはサプライズだ。一方小畑優奈が選抜から外れている。去年には若手選抜(ごめんね、好きになっちゃって)にもU-16選抜(小熊倫実や末永桜花やSTU勢の進出が快挙だった最強ツインテール)にも入っていて、NMB山本彩加やHKT松岡はなのように勢いに乗っているはずだが。とはいえ、アンダーまでびっしり超人集団なのがSKEだが。それにしてもSKE、いやいやSKE、ただただドはまりする。

つい先日HKTの意志(このシングルなど、すべてに冠たる永遠不朽の神曲であるあの大人列車に絡めたカップリング曲がニクい。自分にはHKTは今だなお大人列車泥のメトロノーム桜、みんなで食べたが至上)が出ていた所だったものだが、明日明後日にはSing Out!リリースということで、ついていくのが大変だ。

 

さて、前回の記事からだいぶ開いてしまった。それもそのはず毎日毎日が多忙を極めていた。「HaKaTa百貨店」観て、「さしきた合戦」観て、「にいがったフレンド」を過去放送回全部観て、各坂道の各冠番組もチェックして、「ZERO POSITION」も観だして、もちろん「STUでんつ」も「せとチャレ」も観ないといけないし、何よりもチーム8のコンテンツ歌田初夏を山ほど観る必要が有ってと来たもんで、なかなか手が空かなかった。

と言ったところで、今後なお、「ZERO POSITION」過去放送回や「HaKaTa百貨店」1~2号館など、まだまだ研究資料が山積みなので、さらにさらに更新がとどこおる予定である。

 

本「ウェブ編」ではウェブ上での学術リサーチについて述べている。前回「Ngram Viewer」という魔法のようなサイトを紹介したが、こういったものを他に見て行こう。

と言いつつ不図思ったのだが、前回に皮相一見では学術的に見えるページもそんなことはないと論じていたことと反対の方向を論じることもできて、このNgram Viewerはもちろん他にも例の「The True Size of Africa」の話題と関わる各国本当のサイズ比較サイトなどもそうだが学術的に見えるページも(幼少期にえんえんと辞典を検索していたごとく)たいっがいえんっえんと遊べてしまうものであるという論じ方もできる。ゆってみただけ。

さて学術に有用なサイトとして、まあたぶん色々見てくのだが、今自分の自作サイト上でまとめている小一覧を挙げておく。

Max Stirner im LSR-Projekt」のサイトのように、非常に人気のある人物ならもっぱらその人の作品ばかりを収集したサイトも作られていることがある。想像どおりニーチェなどが最たるもの。このことは別に著作家に限ったことではない。ネット上という性質から、画家や音楽家たちにもこういうサイトがあるだろう。知らん。ググられよ。さてこのサイト、『唯一者とその所有』の原文全文はもちろん載せているが、強調字体などの原版組を全部潰してして真っ平らテキストにしているので『唯一者』テキスト(を掲示しているサイトなら他にいくらでもあるからそこ見たらいいことだ)は不出来ということになるのだが、ニーチェ-シュティルナー問題の論稿を豊富に揃えているなどしていて資料価値が十分である。何個か読んだ限りでは、思想界最大最面白のこの問題に関してとりとめのないことしか言えていない状況なようで、どうも、両人の明確な関係は《なんとも言えない》ものにとどまりつづけるようだ。

さて「LSR-Projekt」のように(このサイトがとは言っていない)研究上無視できない有用なサイトがあるだろう。何度も言うが各自ググってみられよ。もう言いませんから。でその際にだが、そのサイト上で興味深い論考があったとしても、もちろん言うまでもないことだが、その論考が初出である紙媒体を典拠にして出典として表示しなければならない。もちろん言うまでもないことだがその論考の掲載先がそのサイトでしかないのなら、話は別だ。ただそれでも、ページの情報、つまりそのページを掲載しているサイトに関する詳細を表示しなければならない。それは、ただの番地表示であるURLではもちろんない。後でも機会があれば書くがウェブ上の資料利用に関しては研究者という人々はそれはそれはシンドイ方たちで、なんと、出典明示をする上でURLを記すという無意味以外の何でもない愚挙を慣行にしているのである。

さて今見ている一覧、次は「The Little Sailing」だが、これは西洋古典原文を豊富に挙げているサイトである。こういうのは「perseus digital library」が有名だがホームを開いたらわかるようにサイト内マップが実にわかりにくい。動きやすいようにホメロス作品のページをリンク先にしておいた。ただそれを見たら分かるようにほとんど1語1語に辞典リンクを貼っている特徴なども含めて研究・学習用にとてつもなく有益なサイトであると言うしかない。他に「Gottwein」というやはりサイト内で動きにくすぎるサイトを挙げておくが、やはり古典ギリシャ語作品たちのページをリンクにしておく。以上3つは西洋古典の網羅的テキストサイトであるが、後2者に関しては、必要な特定ページにはGoogle検索からたどり着くはずのものであって、これらのページのホームという不親切なページに入っても意味がない。これは、例えば(プロジェクトグーテンベルクなどといった看板だけサイトと違って極めて有益な)Zeno.orgなども同様。注意が必要だが、資料となるページを紹介する上でそのサイトのホームのページ(ちなみに「ホームページ」という悪質な和製英語は誤解を広める役割しかない)を挙げてしまいがちだが、これはirreführendでしかない。このことは実はAmazonでもYoutubeでもそうで、今では相当改善しているがこれらのサイトの検索ボックスも拙いものだったものだ。いいだろうか、そのサイトの中の検索ボックスやリンク先を頼りにしてはならず、あくまで、Google検索から特定ページが見つかるというプロセスで動くように(実際自分で資料検索してみたら判る)。そのサイトの代表ページやそのサイトの本体そのものというのはそのサイト内の特定ページを出典明示するときにのみ言及したらいいものなのである。という理解も実に進んでいないが。

さてそのZeno.orgだが、ドイツ語文学・哲学・思想テキストを提供しているサイトとしては最強だろう。異論多々求むが、断定しとく。ちろんそのホームのページに飛び込んだりなどしても意味がなく、特定語彙と「zeno」を組み合わせてGoogleで検索する。例えばいま「stifter zeno」でググるとこうである。「schelling zeno」でググるとこうである

ここには無い作品ももちろん数多あるが、それは「gutenberg.spiegel.de」(これはサイト内マップが親切だからホームから段取りしてけばええ)で補完したらいいことである。が、あくまでもZeno.orgを主にしてグーテンベルクを仕方なく使うサブにするように。理由の数点を挙げると、知られわたっている大権威には背を向けてヨリ知られていない物事に向かうのが人として正しい道だから、また、グーテンベルクは重くて仕方ないから、また、グーテンベルクはページ分節が最悪(見れば分かる)だから、等。

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室