京都大学大学院ドイツ文芸表象論奥田研究室最新情報

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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文系研究者の環境~最適なPC④~(松波烈)

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従って、しもじもユーザーの層の話になる。いま一旦まとめると、
(1.0)とりあえず「SSD」に「換装(はいキーワードが出た!ググろう!)。これまでに「ストレージ」と書いてきたが、これは、あなたのWindowsが乗っている物体のことです。普通この物体は「HDD(ハードディスク)」である。このHDDを、「SSD(ソリッドステートドライブ)」に交換するとアラ不思議パソコンが疾風迅雷の高速駆動をするようになりになり・静音になり(SSDは回転しない。ペンギニストは眠らない。奇跡は間に合わない。傘はいらない。僕はいない)・一挙手一投足が快適になる。その方法は、ググると、説明しているサイト・ブログ・動画が1万兆個見つかるし、それに必要な道具はプラスドライバー1本(ハイ108均にダッシュ!)、それに必要な技術はドライバーでネジを回すこと、である。なお元からSSDであるメーカーPCを買うと高いです。それにストレージぐらい自力で交換するということ、それはあなたが幼時自力で歯を磨けるようになりウン門を拭けるようになり風呂に入れるようになりティッシュで……なったのと同じぐらい是非得たほうがいい自力なのである。
(1.1)今までの所でもちろんデスクトップPCの話をしている。それはあなたが「パソコン」と思っているモニター画面の隣で音を立てている謎の箱のことである。これが「謎の箱」であるから、SSD換装(自力だと3000円切る)なり単なるOSクリーンストール(自力でやると0円)なりを業者に注文して(=他人に任せて)数万円をふんだくられるのです。無知がいるから商売人が儲かる。さて「自力で」が通じるのはデスクトップのことで、ノートPCという大人用おもちゃ、マックという子供用おもちゃは、論外も論外である。ノートPCを自力でイジる話も有るが、それは余程古くなったのを底上げする(+自分がPC経験成長する)のが目的で、ノートPCは、そもそもが、存在定義上de definitioneイジっても仕方がないものである。そしてデスクトップのほうは、メーカーが勝手に謎の箱に詰め込んだものであって、イジってなんぼなのである。中身のマザボが本体であって、別に箱に入っている必要もない。繰り返すが、箱はどうでも何でもいい。お分かりだろうか、兎にも角にも自身のPCを一度開けてみよう。ネジを外してみよう。
(2)さてSSD換装で世界が変わっただけでも十分なのだが、平安時代から使っているそのPCは埃に埋まって見るも無残だろう。掃除機かけよう。よし、新しいのを買おう。②で書いたH330 11856B自分は3万4800円で買った(Windows7)。こういう時代です。今、しもじもに使いこなせない超高性能PCに超ハイテクOSであるWindows10を積んだものが4~5万切って売られている。私も、昔何億もしていたコンピュータが今では数万円で買える(←どんぶり勘定杉)と言われて初めてDell Inspironを買ったものである(夏の暑熱でCPU内蔵グラフィックがやられてホワイトダウン多発、無知だった私 修理に出して3万ぐらい取られ、内蔵グラフィックのやつその後も壊れ、その交換方法も知らない無知の私処分に決めて 中身のHDDを業者に壊してもらいに大阪の長居に足を運び、今となってはHDDなんて取り出して保存媒体にしたらおトクなんだと知ってるばかり、とにかくクソDell二度と買うかと勝手に決意してたのだった)。じゃあでんでんタウンにg、だきゃら!!そこでメーカーものを買ってたら、本来ならもっと安くでもっと高性能にできるPCをお仕着せ価格ぼったくりで買わされるのである。自作しないと、ぼったくられている。自炊しないと、ぼったくられている。あなたが注文したその260円のうどんはスーパーの16円(bzw.14円)のうどん…… 事は気分の問題である。
よって次回、自作の話。

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文系研究者の環境~最適なPC③~(松波烈)

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前回述べた自身のSSDが最旧型のSATA接続なのだが、このSATA接続と、最先端のNVMe接続というウルトラど級品とを比べて、体感上の違いが感じられないというのが大方の意見である(後にも書くがNVMeなどが必要なのは動画・ゲームの使用という雲の上の世界の話であろう。ゲームの使用でもNVMeの超性能が体感には至らないという記事もあるが……)。HDDでも特に不満を覚えていないであろう鈍感の御仁なら、いやそして私にも、SATA接続のSSDで十分十二分なのである。それだけSSDが革新的なテクノロジーだったのだが、しかもそれが、SATA接続・120GB(・中華品)なら現在2300円台にまで値下がっている。今月Amazonタイムセールで2100円にもなっている。途方もない時代になっている。SSDなんていうのは、2009年には80GBで2万円だった(!!!!)し、512GBで18万円だった512GBなど現在は6980円(SP512GBSS3A55S25))のである。そう、このたった約半世紀のストレージの進化だけを見てもIT技術の進歩と一般への普及と価格の暴下落が驚天動地であり、買わないと損だという分野なのである。
そして前々回書いたようにWindows10からは自作しないと損なぐらいであるし、OS上だけでなく、予算上も、自作のための至れり尽くせりのメーカー配慮上も、そうである。
確かにCorei3-8100だと、例えば現在重たくて仕方なくなっているGmailを2秒で開くという能力(本シリーズ①に書いた愛しいAtomノートPCのアホンダラだと1分以上かかる…)だったり、重いとされるForefoxでタブ100個開いても平気の平然という能力なのだが、それでも、PC操作全体では、前回記事で書いたPentium G630と特段に目立った能力差を感知することがどうしても無い。G630でモタつく何らかの操作がi3-8100ならモタつかないとか、画質が濃厚で精細鮮明になったとかいう違い等があるぐらい。なお画質だが、このi3-8100のグラフィック(UHD Graphics 630)以上に求めるものも無いであろう。PCスペックと言うとプロセッサの処理速度や500GB以上のストレージ容量、最低8GB以上のメモリで勿論デュアルチャネルやクアッドチャネル、RyzenのAPUや数万円のグラボが実現するグラフィック性能、といったことになるが、以上の要素の中で我々が考慮すべきようなものはプロセッサ(CPU)処理速度しか無い。それ以外は、ゲームを主とする3D動画や高度な(って何やろ)クリエイティブ系ソフトでの作業でどないという話であって、4Kまでのネット動画閲覧が最大負担といった程度の使用上でなら、求める必要が全くない。特にグラフィックに関してはこんな証言こんな証言があって、CPU内蔵のもの以上が一切必要ないようだ。現在この2010年代後半ではPCが途轍もなく高性能であり、それのさらに上を求める数々の話題や知識は、ほぼ専らひたすら、3Dゲームをするという上での話である。そして、確認してはいないが、例えばAdobeソフト等ならG630がシンドかったであろうが、i3-8100ならこういった操作はもちろん動画編集・ゲームという高等作業もある程度ならこなせる。Intelのi3シリーズが我々には上限であるとしか言えない(それでもオーバースペック)。
つまり高等な操作でこそCoreシリーズとその下位機種(PentiumとCeleron)の差がやっと見えるのだろう。一方私の操作環境はネサフ、つべ1080動画再生、Officeソフト(Wordのみ)、WavePadでmp3編集、スキャニングしたPDFファイル(一番重くて200MB程度)をCubePDF Utilityで継ぎ接ぎ、そっち系本の数100MBのRarファイルの解凍、といった程度のものに過ぎない。大方のライトユーザーつまり文系研究者ならもっと安易軽量な操作環境だろう。Pentiumで何を不便するか。いや、Celeronで十分なのである。特に第7世代以降のCeleronと来たら

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文系研究者の環境~最適なPC②~(松波烈)

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さて前回書いたように、我々には、拡張性も高スペックも不要なのである。自分の現在のPCが前回記事で記した構成にストレージがTranscendのSSD(120GB・TLC)というものだが、これ旧PCから引き継いだもの。(Windowsは10からマザボ・CPU換装に対応しているから、Windowsなら今はPC自作に恵まれている時期である。)その旧PCが2012年6月中旬にソフマップなんば店ザウルス2で買ってから使ってた「Lenovo H330 11856BJ」で、CPUがPentium G630というロートル(SandyBridgeという年代物)なのだが、使用5年目近くの2017年2月にこの S S D にOS移したら驚異的な爆速になった。PC向上のための様々な方法を聞くと思うが、真偽諸説芬々(というか嘘だらけらしい)のなかで、SSDにするというのは100%効き目があって、超向上したという話(レビュー・コメント・記事等々)しか存在せず、例えば2016年時点の記事でこれ、それから、どれほど確実に効果が有るか、それから、PCがキビキビ速くなる以外にどんなメリットが有るか、など証言に枚挙にいとまがなく、いまだにHDDでモッサリどんくさ動作をしているPCは全部SSDに替えろ。というようなもので、ロートルCPUでも、ストレージがストレージなら、問題なかった。現に、今のPC(前回記事)が電源ボタン押してWin10立ち上がってFirefox立ち上がるまでに34秒だが、6年目のH330でもそうだった。このH330、メルカリで売却、今もどこかで稼働しているのである……(というかYoutubeでこんなネタあんなネタにしてもらいたくて、ストレージ抜いてジャンク品で売ったのだが、まともに使ってもらってしまってるんだろうか)。
まず、大多数の文系研究者があまりに凄まじくITに疎いから、手持ちの恐らく鎌倉時代当たりから使っているであろうPCをSSDに換装するだけで、世界が変わる。PCって速いんだ ……… と半泣きになり地団駄を踏みよだれを垂らしビルの7階まで転げまわること間違いない(はい町田康だね)。SSD換装だけでも、文系研究者という縄文人には十分×十分×十分×のアドバイスである。よって、
終わり。
という訳には無論いかず、次回に話が続く。
(右画像が前回記事に書いた廉価マザボ。廉価と言っても現在の品はスーパーテクノロジー)

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文系研究者の環境~最適なPC①~(松波烈)

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自分のPCなどCorei3-8100というCPUを積んでるが、完全にオーバースペックである。CPUというのはパソコンの性能を決定するもので、メーカーものを買うなら、特にノートPCを買うなら、気にすべき唯一のポイント。現在一般人が用のある(手に入る)IntelのCPU性能(価格)順:Corei9 > Corei7 > Corei5 > Corei3 > Pentium > Celeron > (Atom)
インテルCPU、今年9月に値上がりし出して、1万3000円台だったこのCore i3-8100が9月中旬にAmazon上で1万4000円台になり出して、焦って価格.com経由のツクモ(TSUKUMO)で1万3178円で買ったが、現在(2018.12.18)ツクモ(TSUKUMO)で1万5480円Amazonで1万9480円。値上がりには諸説あるが、このままではいかないだろう、来年には下がるとしか考えられない。今年後半に第9世代(i5/i3/i9の)が登場していて今後も邁進するインテルが、このまま不適正価格を続けるだろうか。とにかく9月に
CPU:Intel Corei3-8100
マザボ:ASRock H310M-HDV/M.2
メモリ:PATRIOT DDR4(4GBx2枚組)
電源:玄人志向 KRPW-BK550W/85+
ケース:Thermaltake Versa H17
中華安ファン:Kyerivs 120mm 青LED 12v(2個)
という構成でPC自作している。電源容量大きすぎで、グラボも何も必要ないからケースのサイズが有り余ってる。一方マザボは拡張性不要なのでここまで格安で可。そもそもCPUが(貧乏人なりの)「ロマン重視」で奮発しているが、到底Corei3の能力など自分には不要である。(上記画像が8100。Coreiシリーズ最廉価だが、CPUスペックは世代に依る。8100は第7世代のi5を凌ぐベンチマークを出す
と自分のPCのCPUが能力過剰とは言っても、しかしCPUがヘボいと実際ヒドいことにはなる。例えば2017年11月末に2万5990円も出して「HP Stream 11-y003TU」を買っているがこれが激遅。ネット回線が悪いのではない。OS立ち上がりや更新等はHDDほど絶望的モッサリではないからeMMCというストレージは何も悪くない。天下のアスキーのサイトにこれのストレージをSSDに換装しようとしている愚行記事があるが、全くの無駄。ただただ「Celeron N3050」というCPUが悪いだけ。後でも述べるがCeleron自体は悪くない、こう「N」が付いている型番はコアがAtomなのだという。それは紛い物。AtomノートPC同然である。(上記左画像が自作PC背面。今どきのケースは裏面配線設計と<br />至れり尽くせり。右が画像がAtomコアPC。買ってはいけない。)

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第6号の『文芸表象論集』編集記(松波烈)

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2週間近く前だが12月2日(日)に、我々奥田研究室が属している「文芸表象論分野」発刊の『文芸表象論集』の編集をしていた。
この編集というのだが、前号から、文芸表象論分野の英米文学所属の高橋一馬氏が引き受けている。今までには、例えば2015年発刊第2号では中岡(松浦)翔子氏が編集を主に務めて私が補助、2016年発刊第3号などでは工藤人生が編集を主に担当して私が補助、という役割分担で、私、第4~5巻がノータッチだが第6巻には投稿するので高橋氏を多少手伝った。編集といって今のご時世ハサミ・ノリ・原稿用紙・インクでなにしてという原始的な行為は無論なくWordとPDFの編集ということ。
(なお、特に文系だが学術者は総じてPC上の常識が無く学会・学校等あらゆるところで異PC間で同一Officeファイルを遣り取りなどという非常識なことを平気でやっているが、うちもそれは全く同様でござる。と言うより、Wordに限って見ても、漢字仮名が打てるタイプライターという理解の外を出ていず、スタイル定義やフィールドコード使用やマクロといった最低限のオリジナル操作もしていないから、異PC間で同一Officeファイルを遣り取りしても見かけ上は問題が発生しないのである。あたかも、特定の理性的高等生物には致命的となるウイルス・細菌も低度の生物だと発症せず保有していられるというかのごとく。無頓着には勝てないなあ、何たって文字を出版して暮らしている文系研究者、文字があってなんぼの人々がフォントにもこだわらないという有様(惨状)なのだから!!)
よって編集作業は人間・環境学研究科が有るキャンパスの一角に位置する文芸表象論分野研究生室のPC上で専らやっています。

編集長の作業風景の1つ

編集長の作業風景の1つ

編集長と松波の共同作業中の風景(中谷森さんによる撮影)

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教員雑記:大谷大学出講記③(松波烈)

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紫明通に出て烏丸通にでる。大谷大学が見えてくると、例の至成堂書店が隣接している。自分は北大路組じゃないですな。ビブレも未訪。しかしGooleBooksとAmazon、KindleとPDF、スキャナーとクラウドの時代に、書店ですらアレなのに、遺物のような洋書店が健在。書店で手に取って本という物体を買うのが喜びという認知バイアス……

古い列車は古いレールを走って
古い車輪が軋む

授業が終わって現在12月上旬だともう薄暗い感じ。ゆうて帰りも観光だがな!帰りは、10月頃に行きの道にしていた寺町通をコースにして、阿弥陀寺にまず寄って、そこから本満寺に入って見るのだが、冬の暮れ前の小雨、境内で工事していると来ては、写真も映えない。ただそれでも通勤路として抜群の空気なのではあるが。
こうして、出町柳5番出入口へと向かう。今日も出町桝形商店街を通って帰ったが、そうでない時もあったし、帰りに烏丸通を行き過ぎて同志社大学を横目に、今出川通から賀茂大橋を帰ったことも2~3度。

上御霊神社大門

上御霊神社から大谷大学までのバイパス

大谷大学+至成堂書店

大谷大学キャンパス内紅葉

大谷大学近辺烏丸通

阿弥陀寺

本満寺境内

出町柳近く鴨川①

出町柳近く鴨川②

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教員雑記:大谷大学出講記②(松波烈)

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そもそもが風光明媚な京都市、ここで通勤通学すると日々是観光三昧になる。この半期限定で大谷大学に3・4コマ目に出講、11:00頃にに出町柳から大学まで徒歩30分以内で通う(自分は可能ならいつも授業開始1時間前に教室に入る)。その間の京都の街並と寺社仏閣が観光したい放題となる。

まず賀茂大橋の北のデルタに掛かる小橋を通って例の商店街を通るコース。幸神町を通りながら幸神社の観光、オードブル。京都市立京極幼稚園の傍に差し掛かると、いよいよ相国寺が見えて来る。相国寺はいつもは帰り道に通っていたが、行きに通ってもいい。西に抜けると砂利と殺風景しか無い京都御苑。烏丸通にいったん向かって慈雲院も見ておこう。東に戻って上御霊前通に出て、西にコースを戻してすぐに上御霊神社が見えて来る。上御霊神社を抜けて烏丸通から東側のバイパスを抜けて大谷大学に向かう。

出町桝形商店街入口

出町桝形商店街内部

出町桝形商店街+井上果物店

幸神社

幸神社+鳥居

幸神社向かい民家

相国寺入口

相国寺境内

相国寺境内北

慈雲院付近

慈雲院

上御霊神社入口

上御霊神社境内

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教員雑記:大谷大学出講記①(松波烈)

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今年後期(9月下旬)から大谷大学でコマを2個いただいている。どちらも慶聞館のK410。ここは非常にフレッシュな新築であるものの、キャンバスは全体に由緒と歴史に溢れていて、京都の奥の深い大学の1つである。
3コマ目の「ドイツ文学特殊演習」では講読形式にしていて、ジークフリート・レンツ(Siegfried Lenz, 1926-2014)の短篇「Das Examen」を読んでいる。
4コマ目の「ドイツ文学特殊講義」では、モーツァルトの『魔笛』と、音楽史上も名高いゲーテの「魔王」とを題材に、18~19世紀のドイツ表象芸術に見る「魔」的なものの解明と描写に力を注いでいる。特に「魔王」のようなバラード(物語詩)は私の研究領域であるが、専門的な講義内容と並行して、古典作品の≪受容(die Rezeption)≫という観点も導入して、ゲーテの「魔王」がシューベルト、カール・レーヴェから始まり2000年代の音楽シーンにまで受け継がれ、ドイツ最有名にして世界最高とも言えるバンド・ラムシュタイン(Rammstein)の「Dalai Lama」という曲、日本航空123便墜落事故(1985)を主題にしたこの曲で日本に着地(陸)する様子を講義して、「受容」史というものの理解の一助にしようと努めている。また「魔笛」の場合にも≪受容≫という観点から、特に舞台演出が決定的にものを言うオペラというのもあって、いわゆる現代演出の諸相を紹介して、《古典》が200年もすればいかな風に受容されるのかということを可視的にしつつ、出席者の関心を高めようとしている。

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