京都大学大学院ドイツ文芸表象論奥田研究室最新情報

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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2019年春季独文学会京都支部会(松波烈報告)

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恒例の前置き挨拶から始めますが、以前の記事で言及した「Sing Out!」だが、収録曲、このグループのこれまでの発表楽曲の聴きごたえの絶対的安定度からすると、どうしても一聴でそこまでピンと来る神曲揃いでもなかったかもしれない。ただ、聴きこめばそうでもなかろうし、のような存在などが一聴一瞬でぶっ飛ぶ神々々々曲で、ここまでたまげたのは正味おいでシャンプー以来である。

表題曲がさすがに別格で、渡辺みり愛(ともちろん伊藤理々杏)選抜入りなどが快挙、シンクロニシティ路線の映像によるMVも圧巻だった。ただ、こういうエキストラなのなら、もういっそアンダーの人らが出演したらいいのにと思うものだ。

4期生楽曲も、あくまで今の所だが、それほどそこまでは圧倒的衝撃的ではなかった。こういった新期生心機表明曲としては、自分には、聴き応えが、どうしても、圧倒的衝撃的なボーダー(2期生)>>>>>>>三番目の風(3期生)>>>>4番目の光(4期生)>乃木坂の詩(1期生)となってしまう(「ぐるぐるカーテン」の他の収録曲は全部超神曲なのだが…)。この4期生曲は冠番組#211(2019年6月17日)でスタジオライブを披露しているが、うむなるほど!というものだった。かつて冠番組の#101(2017年4月17日)で三番目の風スタジオライブを観たときには腰を抜かし目が飛び出し天井が落ちてくる超大感動だったものだ(しかも「別冊 乃木坂46 SHOW!」#150(2017年5月6日)でのスタジオライブなど、曲がフルだし撮り方がもっと高質、さすがNHK)。

やはり乃木坂と欅坂の冠番組でも(「別冊 乃木坂46 SHOW!」や「別冊 欅坂46 SHOW!」以外でも)スタジオライブをけやき坂/日向坂冠番組並みの頻度で放送してもらいたいのものである。例えば日向坂で会いましょう第19回(2019/08/19)でのスタジオライブが、Cageというグループ最感動曲、(その前の回が、2019年で一番恐れていた事態の柿崎芽実卒業の出演)、ひらがな推し第23回(2018/09/17)で佐々木美玲神々しいわずかな光、同第25回(2018/10/01)で小坂菜緒の表情抜群の最前列へ、そして同第28回(2018/10/22)でパフォーマンスも曲も完璧で言葉もない線香花火が消えるまで、などが思い付く例だが、全スタジオライブが完全にイイ。

 

さて本題ですが、本日2019年6月29日(土)、龍谷大学深草キャンパスで、JGG京都支部会がありました。
プログラムはここに見る通りのものです。
会場のある22号館の入り口です。そこまで着くとこのように案内掲示が出ています。左側の看板です。右側のは関係ありません。また別の会合です。大学の入り口にすでに出ている場合もありますが、これを見ると一安心するものです。では建物に入りましょう。3階なのでエレベーターを目指すとしましょう(本当は階段しか使わないのだが)。
エレベーター前にも案内掲示があります。迷わない。
開会前の会場前。
↑の廊下の反対方向から。
今回はこのような会場でした。
当然のことながら自分は最前列、演壇の真正面に席を取ります。
会場の最後列の机に紙の配布資料が置いてあるわけです。
休憩中の会場内。京都支部会は毎回おおむねこれぐらいの参加者数です。

休憩中の会場内。会場後部から。
第3プログラム開始直前。パワポのスライドが見えます。

13:32頃に開会の辞があって、13:39頃~14:12頃に第1プログラム、14:12頃~14:29頃に質疑応答。質疑は1名から4点、1名から2点、1名から1点、1名から1点でした(おおよそ)。
休憩。
第2プログラムが14:39頃~15:18頃、それの質疑応答が15:18頃~15:33頃、1名から1点、1名から1点、1名から1点、1名から1点質疑がありました(おおよそ)。
休憩。
15:50頃~16:31頃に第3プログラム、16:32頃~16:51頃に質疑応答。質疑は1名から3点、1名から3点、1名から1点でした(おおよそ)。
休憩。
事務上連絡が16:51頃~17:08頃、
閉会の辞が17:08頃~17:13頃、
その後に別会場で懇親会があったようです。

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第15回・文系研究者の環境~ウェブ編③~(松波烈)

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前回述べたことを詳しく言っておくと、今では論文でもネット上資料が使われ言及されるようになっているが、人類はまだまだITには素人であって、酷く間違った使い方をしている。その1つを注意喚起すると:

ウェブからの出典の明示をする時には、当該ページの上位ページなり包括ページなりを示すとか、さらにそのページの作成者なり所有者なりを記すとか、その他、そのページを含んでいるサイトがどのようなものであるのかを明らかにする情報を表示しなければならない。そうやって当該ページに関する情報をなるべく豊富に表示しておいて、仮にそのページが消えた(多々あることだ)としても元はどういった性質のサイト上のどんなページだったのかということが判るようにしなければならず、判ってそのページの関係物やそのページの類似物に辿り着ける可能性を残さなければならない。紙媒体の出典明示をする時に掲載雑誌や掲載書籍を表示するのと同じことだ。それどころかそれプラス出版社から出版年から何から何までまで記すでしょ?これが、その資料の「何」を表示する方法だ、万人が分かっているように。ところが、ウェブからの出典の明示を「URL+閲覧日」でするという奇習が横行している。が、リンクは所詮切れる。また、「閲覧日」など、自分が閲覧した日という個人的情報以外の何でもなく、そのページの記述に辿り着くためのいかなる何も表示していない。その資料の「何」を語るものを一切提供していない。文献の出典明示をする時に「読んだ日」を記載するでしょうか。
研究上の出典明示は、本記事のようなブログなどで文字列にリンクを貼っているだけのような処置とはワケが違うはずだが、気楽で非《高級》なネット記事よりもコンセンサスも常識も行き渡っていないかのようであるのは、どうしたことだろうか。

さて前回から見ている小一覧だが次に目を向けたいのは「Wörterbuchnetz」であろう。これは前回書いた諸サイトと違って玄関口から入っても特に動きづらくはない。見ての通りドイツ語各種辞典をほぼ網羅(であってあくまで全網羅とは言っていない、以下同様にして以上同様)している。例えば中高ドイツ語など、おなじみのマティアス・レクサーなどもう持ち歩く必要がない。そういう時代になったのである。いま例えばすぐみつかるのでいいから何かしらのスマホの端末でも買う(これも安くなったものだ。例えばどんな格安スマホにも驚異的画素数・高解像度のカメラが当然装備されてあり、それを「写ルンです」の90年代人から見たらどう見えることか)。タブレットならもっと安いものがある(再三再四言うが、ググられよ!)。別に何の設定も要らない。そのままで、校内Wifiはじめ各種Wifiでこの「Wörterbuchnetz」につながればよい。するとアラふしぎ、図書館巨大書棚何ラック分の100冊は超すであろうレファレンスが、手のひらの上に乗るのである。ドラえもんより遥かにスゴい時代に住んでいることが、お分かりだろうか。こういった電子媒体ネット媒体の今現在の欠点短所をあげつらうことは簡単だがそれが日々昼夜克服されてい(てやがて紙媒体を無用にする水準に達するだろう)るという事実を想ったほうがずっと建設的なこと火を見るよりも明らかである。さて「手のひらの上」だが、「Wörterbuchnetz」には、グリム辞典が載っている!始まったころは工事中だったが現在では「z」まで完備している。あのグリム辞典がCD-ROM!だった事も過去のことにすぎなくなっているのである。もちろん、「Wörterbuchnetz」のようなものが或る日なくなったとき(空虚な空想にすぎないが)には、まず別の類似サイトを探せばいいことだし、或いは、本シリーズのこの記事で書いた方法でPDFを入手しておいたらいいことである。19世紀時点の出版ならグリム辞典もGoogle Booksにある。そのPDFを開くための手元物体もタブレット含め日進月歩するばかりだ。

他に、逆引きなど語の1部分から検索できる辞典(OWIDのErweiterte Stichwortsuche in elexiko)、ハイフネーションが分かるページ(ushuaia.pl)、非常に網羅的な辞典(DWDS (Der deutsche Wortschatz von 1600 bis heute.))、文法項目を網羅したサイト(grammis)、文法解説サイト( Wörterbuch der Linguistik und Nachbardisziplinen / Diccionario de Lingüística y ciencias afines)など、有用なサイトがわんさか有る。

ということで、今見ている小一覧上のサイトの数点やその他を紹介したが、他のリンク先も研究上非常に役立つツールである。他にまだBibliotheca Augustanaというとんでもない超有益サイトのリンクも貼ってあるが、このサイトは開いて見ての通り西洋古典を主として12言語(2019年5月28日現在で)の文献をテキスト提供している。我々として用があるのは「Bibliotheca Germanica」だろうがその年代別一覧を見て分かるように古高ドイツ語・古低ドイツ語・中高ドイツ語・中低ドイツ語を主とする凄まじい網羅ぶりである。20~21世紀も網羅しているからまだ相当に工事中なのだが、ゆくゆくは欧米言語テキスト提供サイトとして最大のものになるのかもしれない。

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第14回・文系研究者の環境~ウェブ編②~(松波烈)

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SKE48 25thシングル選抜発表動画が出た。たしかにこれは熱い。ここにきて古畑奈和センターとはサプライズだ。一方小畑優奈が選抜から外れている。去年には若手選抜(ごめんね、好きになっちゃって)にもU-16選抜(小熊倫実や末永桜花やSTU勢の進出が快挙だった最強ツインテール)にも入っていて、NMB山本彩加やHKT松岡はなのように勢いに乗っているはずだが。とはいえ、アンダーまでびっしり超人集団なのがSKEだが。それにしてもSKE、ただただドはまりする。

(※後記:小畑優奈は4月に卒業していた。↑ で何とも失礼な無知を晒した次第である。今後気を付けたい。)

つい先日HKT48の意志が出ていた所だったものだが、明日明後日にはSing Out!リリースということで、ついていくのが大変だ。それにしてもこのシングル「意志」など、すべてに冠たる永遠不朽の神曲であるあの大人列車に絡めたカップリング曲がニクいものである。自分にはHKTは今でも大人列車泥のメトロノーム桜、みんなで食べた空耳ロックロマンティック病僕だけの白日夢白線の内側で会いたくて嫌になる早送りカレンダー12秒、それから言わずと知れたMake noiseが至上である(最後の曲など、チーム8という超絶集団によるパフォーマンス(同じライブの予備リンク)がある。ちなみにこのステージ、Make noiseの後に休みなくMust be now(NMB48) → Escape(SKE48)という怒涛ぶりである)。

 

さて、前回の記事からだいぶ開いてしまった。それもそのはず毎日毎日が多忙を極めていた。「HaKaTa百貨店」観て、「さしきた合戦」観て、「にいがったフレンド」を過去放送回全部観て、各坂道の各冠番組もチェックして、「ZERO POSITION」も観だして、もちろん「STUでんつ」も「せとチャレ」も観ないといけないし、何よりもチーム8のコンテンツへなちょこサポートの佐藤栞、唯一無二)や歌田初夏(というのはこのように横道侑里とWセンター張って何ら遜色ないという最強の追加メンバー)を山ほど観る必要が有ってと来たもんで、なかなか手が空かなかった。

と言ったところで、今後なお、「ZERO POSITION」過去放送回や「HaKaTa百貨店」1~2号館など、まだまだ研究資料が山積みなので、さらにさらに更新がとどこおる予定である。

 

本「ウェブ編」ではウェブ上での学術リサーチについて述べている。前回「Ngram Viewer」という魔法のようなサイトを紹介したが、こういったものを他に見て行こう。

と言いつつ不図思ったのだが、前回に皮相一見では学術的に見えるページもそんなことはないと論じていたことと反対の方向を論じることもできて、このNgram Viewerはもちろん他にも例の「The True Size of Africa」の話題と関わる各国本当のサイズ比較サイトなどもそうだが学術的に見えるページも(幼少期にえんえんと辞典を検索していたごとく)たいっがいえんっえんと遊べてしまうものであるという論じ方もできる。ゆってみただけ。

さて学術に有用なサイトとして、まあたぶん色々見てくのだが、今自分の自作サイト上でまとめている小一覧を挙げておく。

Max Stirner im LSR-Projekt」のサイトのように、非常に人気のある人物ならもっぱらその人の作品ばかりを収集したサイトも作られていることがある。想像どおりニーチェなどが最たるもの。このことは別に著作家に限ったことではない。ネット上という性質から、画家や音楽家たちにもこういうサイトがあるだろう。知らん。ググられよ。さてこのサイト、『唯一者とその所有』の原文全文はもちろん載せているが、強調字体などの原版組を全部潰してして真っ平らテキストにしているので『唯一者』テキスト(を掲示しているサイトなら他にいくらでもあるからそこ見たらいいことだ)は不出来ということになるのだが、ニーチェ-シュティルナー問題の論稿を豊富に揃えているなどしていて資料価値が十分である。何個か読んだ限りでは、思想界最大最面白のこの問題に関してとりとめのないことしか言えていない状況なようで、どうも、両人の明確な関係は《なんとも言えない》ものにとどまりつづけるようだ。

さて「LSR-Projekt」のように(このサイトがとは言っていない)研究上無視できない有用なサイトがあるだろう。何度も言うが各自ググってみられよ。もう言いませんから。でその際にだが、そのサイト上で興味深い論考があったとしても、もちろん言うまでもないことだが、その論考が初出である紙媒体を典拠にして出典として表示しなければならない。もちろん言うまでもないことだがその論考の掲載先がそのサイトでしかないのなら、話は別だ。ただそれでも、ページの情報、つまりそのページを掲載しているサイトに関する詳細を表示しなければならない。それは、ただの番地表示であるURLではもちろんない。後でも機会があれば書くがウェブ上の資料利用に関しては研究者という人々はそれはそれはシンドイ方たちで、なんと、出典明示をする上でURLを記すという無意味以外の何でもない愚挙を慣行にしているのである。

さて今見ている一覧、次は「The Little Sailing」だが、これは西洋古典原文を豊富に挙げているサイトである。こういうのは「perseus digital library」が有名だがホームを開いたらわかるようにサイト内マップが実にわかりにくい。動きやすいようにホメロス作品のページをリンク先にしておいた。ただそれを見たら分かるようにほとんど1語1語に辞典リンクを貼っている特徴なども含めて研究・学習用にとてつもなく有益なサイトであると言うしかない。他に「Gottwein」というやはりサイト内で動きにくすぎるサイトを挙げておくが、やはり古典ギリシャ語作品たちのページをリンクにしておく。以上3つは西洋古典の網羅的テキストサイトであるが、後2者に関しては、必要な特定ページにはGoogle検索からたどり着くはずのものであって、これらのページのホームという不親切なページに入っても意味がない。これは、例えば(プロジェクトグーテンベルクなどといった看板だけサイトと違って極めて有益な)Zeno.orgなども同様。注意が必要だが、資料となるページを紹介する上でそのサイトのホームのページ(ちなみに「ホームページ」という悪質な和製英語は誤解を広める役割しかない)を挙げてしまいがちだが、これはirreführendでしかない。このことは実はAmazonでもYoutubeでもそうで、今では相当改善しているがこれらのサイトの検索ボックスも拙いものだったものだ。いいだろうか、そのサイトの中の検索ボックスやリンク先を頼りにしてはならず、あくまで、Google検索から特定ページが見つかるというプロセスで動くように(実際自分で資料検索してみたら判る)。そのサイトの代表ページやそのサイトの本体そのものというのはそのサイト内の特定ページを出典明示するときにのみ言及したらいいものなのである。という理解も実に進んでいないが。

さてそのZeno.orgだが、ドイツ語文学・哲学・思想テキストを提供しているサイトとしては最強だろう。異論多々求むが、断定しとく。ちろんそのホームのページに飛び込んだりなどしても意味がなく、特定語彙と「zeno」を組み合わせてGoogleで検索する。例えばいま「stifter zeno」でググるとこうである。「schelling zeno」でググるとこうである

ここには無い作品ももちろん数多あるが、それは「gutenberg.spiegel.de」(これはサイト内マップが親切だからホームから段取りしてけばええ)で補完したらいいことである。が、あくまでもZeno.orgを主にしてグーテンベルクを仕方なく使うサブにするように。理由の数点を挙げると、知られわたっている大権威には背を向けてヨリ知られていない物事に向かうのが人として正しい道だから、また、グーテンベルクは重くて仕方ないから、また、グーテンベルクはページ分節が最悪(見れば分かる)だから、等。

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第13回・文系研究者の環境~ウェブ編①~(松波烈)

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研究室というのにはそんなにニュースもないもので、本ブログ欄更新のために根性で続けてきた「文系研究者の環境」シリーズだが、いよいよサードシーズンに入った。
前々回にウェブ上資料入手方法について書いているが、ネットの利用法は、あたり前田の中村主水にそれはもう まっっだまだ有って、あと阿僧祇那由他ぐらい有る。
ネットと言えばハイいかがわしいハイ終わりという偏見はさすがに絶えているだろうとしても、例えばYoutubeが20世紀の膨大な貴重映像(パターソン・フィルムなど生きてる間に見れるとは思ってなかった)はもとより、ありとあらゆる音源があるのかと思わせるほどの量のクラシック録音の宝庫(ワルターの「ドン・ジョヴァンニ」など生きてる間に聴けるとは思ってなかった)だったりする(どれもアップした個人の篤志によるものだが)ように、識者でもよく知らない人なら一顧だに値しないと決めつけるであろうページ或いはサイトも実は《まじめ》な用向きに適しているもので、今回はそういうサイトの利用法をちょこっと述べてみる。
(ただ、「一顧だに値しない」と決めつけられそうな事物人物も勝手にそう思い込まれているだけであって何事も捉え方次第であり、ユーチューバーなどがまさにそうであって、例えばヒカルやラファエルなどが典型的に示しているようなユーチューバーの経済活動などは特筆大書に値する新しい型の《新人類》的なものではないだろうか。有難い文物だってこうだ。)
というのは、物事を定量的に把握する手段にするという話である。これに関しては、例えば「Ngram Viewer」などのような、そういうものとして知られ渡ったツールもあるが、どんなページでも使い方次第だ。
例えばの1つとして、おおよその趨勢や傾向を調べるために集計を取るというのが考えられる。
では前置きの前置きはここまで。

 

恒例の前置き(本題はだいぶ下)

例えばYoutube、2019/04/07の9:16の或る一瞬を切り取ると、
・前回言及した風を待つ(のMV、以下同)だが、再生回数81万2078回(2018/12/26公開)、
・同じく前回言及したキュンが185万2899回(2019/03/26公開)、
つまりSTU48が3か月で達していない100万回台のしかも後半に日向坂46が10日ほどで達しているということが見え、ここから、両グループの知名度・勢力・情勢などについて何らかのことが見当つく。再生回数など偏りもサクラもいくらでも考えられるとはいえ、(十)万以上の単位での比較なら何かが比較できているはずだ。それは、CD売り上げ枚数(にしたって偏った購買が考えられる故そこまで精確に参考になる指標でもない)から分かることとはまた別のこと、全世界につながっている動画サイトの再生回数から分かることである。
46同士で比べると、上記2点と同じような最新シングル表題曲のMVの公式によるつべアップページを見に行くと、
黒い羊が2019/02/26公開で582万0168再生
と妹グループに知名度の差を示している形だ。たしかに、
・姉グループの帰り道は遠回りしたくなるが1703万8184再生(2018/10/17公開)だが、
ガラスを割れ!の3879万2228再生(2018/02/13公開)
との差異を見ると、
サイレントマジョリティー(1億2271万9746再生(2016/03/15))
の勢いいまだ冷めやらずといったことが推測できるのかもしれない。「黒い羊」も近々1000万台に乗るだろう。この勢いは相当なもので、本家の
・2010/09/08公開のヘビーローテーション(1億4944万3836再生)
・2013/10/30公開の恋するフォーチュンクッキー(1億6928万0395再生)
と比しても判るとおり。そして本家であってもしかも表題曲であっても1000万台に達することが常のことではない。現時点では鈴懸(2014/02/25公開)・#好きなんだ(2017/08/01公開)・唇にBe My Baby(2016/03/08公開)等が達していないし、ジワるDAYS(2019/02/25公開)も今はまだ達していない。それは妹グループならなおさらそうで、例えばSKE48とNMB48を見ると、
・2018/11/20公開のStand by youが58万3758再生、
・2019/01/25公開の床の間正座娘が99万6330再生
である。
もちろん以上の数字は、世界中につながっている動画アップサイト上での関連グループたちの受容知名度を表示するものでしかないが、サブカルチャーの動態研究上は無視できない定量的指標となろう。
そして言うまでもなく曲のよしあし自体を語っているとは言えないだろう。自分なら、この中で言うかぎりでは、神曲を超えた神曲の風を待つを除けば、さすがの安定の乃木坂より僅差でStand by youが聴き応えある(SKEの名だたる神曲たちの中でも上位20位には入る。その上位は、言わずと知れた焦燥がこの僕をだめにする奇跡の流星群強がり時計TWO ROSES鳥は青い空の涯を知らない金の愛、銀の愛今 君といられること恋を語る詩人になれなくて不器用太陽Darkness賛成カワイイ!等々といった究極最終防衛神曲たち)。が、この中では再生回数最少である。ただそれを言うと、この記事にもリンク貼ったNGT48の世界はどこまで青空なのか?など、ジャンル超越した永遠不変の名曲(そして衣装もズバ抜けてる)だが、2017/11/06公開MVの再生回数がいまだに170万台である。
ちなみに、再生回数が多くて当たり前のあの国からの数字を挙げると、(見つけた限りでは)2010年前半には再生回数最多だったLove The Way You Lieが今となっては17億5166万9176再生(2010/08/05公開)、これはもう少ないほうで、ちゃちゃっと見たところでは、61億1023万0417再生(2017/01/12公開)のDespacitoから、Shape of YouSee You Againが40億台、Uptown Funkが30億台、SugarRoarShake It OffBailandoWork from Homeと20億台がぞろぞろ、他に、なつかしのCall Me Maybeが11億6655万1903(2012/03/01公開)、Bad Romanceが10億4387万6335(2009/11/24公開)、 Thrillerが5億台(2009/10/02公開)、Girls Just Want To Have Funが7億2877万4230(2009/10/25公開、曲自体は1983年公開)という具合である。
なおドイツだと、あの故人たちこのお馴染みたちそのロートルたちのどれもこれも話にならん低受容度な中で、Rammsteinがひとり飛びぬけている。SonneIch WillDu HastIch Tu Dir Weh(すべて2015/07/31公開、曲自体の公開は何年も前)、どれも1億回を超えている。これには99 Luftballons(2015/05/01公開の5280万1618再生)も遠く及ばない。最近の音楽シーン、例えばBonez MC & RAF CamoraなりBausaなりKay One & Pietro LombardiなりMiami YacineなりSummer Cemなりなら1億回超えもあるにはある(し、ラップだから当然だろう)が、かと言ってRammsteinほど何曲もというものではない。
(以上の数字も数カ月でそれなりにか劇的に変わる。あくまで上記時日内の一瞬間上の数字である。)

 

やっと本題

という前置きに続いて述べる本題だが、Wikipediaを使った統計ということである。文学理論書では英米仏文学の話ばっかだし原作の読まれているその知名度もドイツ文学は一部を除いてかなり低いのが正直な実感だろうが、実際どうなのだろうか。
或る時、生前には現地でも無名のにいちゃんだったカフカに、Wikipediaで百数十超の言語数のページが有るのを見つけて大いに考えされたことがあった現在では実に152言語だ。(ただ、Wikipediaがページによって言語数表記に多少の違いがあるので、挙げてく数字には1~2程度の誤差がある。)ブレヒト95・ヘッセ99・父マン104などを大きく上回り、ヘルダーリン56やH・v・クライスト58やシュヴァイツァー72やユング89やグリム兄弟90やシラー103は当然のこと、さらにニーチェ149・ウェルギリウス149をも上回り(!)、ルター161・ゲーテ171・ホメロス170・ダンテ172などに迫る。
ちなみに、シェイクスピアで192、セルバンテスが160、ディケンズが146、ジョイスが131、アガサ・クリスティ119、オースティン109、ルイス・キャロル108、ドイル106、フォークナー97、パール・バック95、サリンジャー78、ユーゴー159、プルースト124、サルトル129、カミュ118、ヴェルヌ112、サン=テグジュペリ94、ウンベルト・エーコ96、トルストイ161、ドストエフスキー154、プーシキン146、ゴーリキー104、キルケゴール101、ミラン・クンデラ72、スヴェーデンボリ56、魯迅104、林語堂29、ガルシア・マルケス144、ボルヘス130、アストゥリアス76、アジェンデ63、フエンテス56、カルペンティエル49。
現代を見ると、トールキン131、J・K・ローリング113、G・R・R・マーティン79、ヨースタイン・ゴルデル52、しかしケルスティン・ギアがわずか15と、ドイツ文学は現代でも知名度が下がる。どうも最新ほど弱いのか、アンネ・フランクが106、グラスが100・ベルが87・カネッティが75・ハントケが50・ケストナーが49・バッハマンが40・クルーゲが24・ボート・シュトラウスが17・マルセル・バイアーとゲナツィーノが12… 。ただしイェリネクが87。
もちろん文学だから社会的重要(視)性に劣るというきらいがあって、例えばマルクスが181でフロイトが160の毛沢東155と、社会的インパクトがものを言ってしまうのが普通である(確かにウィトゲンシュタインが102、ハイデッガーが86)。だって『聖書』が236・『コーラン』が167なのだから(ちなみに『共産党宣言』が90で『我が闘争』が76で『毛主席語録』が36)。そうすると『論語』が41というのが考えさせられる。ただし孔子は208!チンギス・ハーン149や始皇帝166よりも多い。イエス245より少ないが何とムハンマド188・釈迦178を超す。儒教は世界での受容人口が比較的限られているほうなはずなのに、こうなのである。(ちなみに『聖書』はそもそも翻訳言語数も出版数も飛びぬけて多すぎる点を要考慮。)
さて、こう見てくるとカフカがいかに化物か分かる。権威なし・七光りなし・個人としての目立った行動等なし・そもそも生前には知名度なし・文学的成功への特別恵まれた教育や環境などなし・作品の生前ヒットなし・作品の社会的インパクトなし・身近なライバルたちなし、純-文学的パワー=作品の持つチカラだけでここまでの知名度と人気にのし上がっているのだから。カフカとでんでんむChu。
日本文学だと、紫式部125が飛び抜けている(『平家』が21で清少納言が49)が、明治大正の大物連が漱石48・鴎外30で他はもっと少なく、川端康成92や三島由紀夫82が意外と村上春樹78や大江健三郎78を上回っている。なお東野圭吾で13、宮部みゆき13、他もこんな数字。そうすると、手塚治虫が53・宮崎駿が79・AKB48が67・ビートたけしが55・宮本武蔵が63なんてのを見ると、嗚呼しょせん文学そこまで関心を惹かないなと思えるだろう。(ちなみに黒澤明が133というのも考えさせられる、なんたってゴダールが62でウディ・アレンが101でスピルバーグが125、チャップリンでやっと178なのだから。)
こう見てくるとカフカがいかに(ry

 

さて以上見てきたように、ウェブ上で統計が取れる。それも、最もたくさん見られているサイトから取る統計だから、世界中での受容度を知る上でそこそこまあまあ大概参考になるだろう。それに本記事に記しているのはたっだの純然サンプルにすぎないから、これを端緒に、自身でのウェブの利用(文字通り)方法を見つけていかれればよいのである。

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第12回・文系研究者の環境~資料編⑤~(松波烈)

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やっと聴いたが風を待つ最高。
今回のSTUのシングルえげつない出来栄えだ。原点(マリーナセンターという快挙)、制服の重さ誰かといたい、いやいや、怒涛の傑作めじろ押しである。その中でも表題曲が頭一つ抜けてる。
これまでにはペダルと車輪と来た道と誰かがいつか 好きだと言ってくれる日までというグンバツの神曲や片思いの入り口という相当よくできた曲もあったが、今回シングルでさらに会心の神曲たちが加わった。そして表題曲の風を待つが前代未聞後代途絶の激感動曲ときた!これ1曲でごはん1000000億杯はいける。
ところで収録作品中表題曲が最上と言うと、日向坂デビューシングル表題曲も収録6曲中聴き応え最上だった(JOYFUL LOVEもけやき/日向らしい曲だ。「らしい」中で最高の曲は今のところではハッピーオーラだろう。「らしい」にこだわらないなら線香花火が消えるまでが極上すぎ)。それにしても、デビューには、満を持したのであろう小坂菜緒センター、そしてフロントに1期生最推してる美玲と芽実(聖母がまた3列目なのだが…)、胸熱展開。
といった新しい風が目白押しの近況で、48のほうも、御存知グループ最トップが卒業や、SKEのあの人が卒業など、いろいろな動きがある。
さて本シリーズだが、ここしばらくは、長濱ねる卒業や衛藤美彩卒業に落胆消沈し何も手につかなかった(のもあるし「エビフライデー」や「あんロケ」等チーム8コンテンツや坂口渚沙観るのに大忙しだったのだが)もので、もちろん鋭意継続するのですが、前回どこまで喋ってたかというと、ウェブ上でGoogleから文献PDFをダウンロードするというところまでだった。これは、世界中の(だろう)図書館(だろう)でスタッフだろう人々が文献をスキャンしているものだが、このスキャンするというのは、ようするにどんな本ででも出来るのだから、自分ででもやればいいことなのである。存在するどんな文書でもスキャンできるし、紙に限らず魚拓でもパイ拓でも疾風伝説でも作れるし、自分個人内利用に限るなら、読んだ本をスキャンして手元に置いておいていつでも参照することができるしタブレットに入れておけば読書できる。数万円のタブレットもいいが、Amazonひも付きタブレットのFireなど現時点5980円と爆安である。自分はタイムセール3480円で買ってる。4次元ポケットからも出てこなさそうなデバイスがバイト日給半日ちょっと分の金額で買える時代だ。マット・リドレーの言う通り)。それも7で十分。8以上はいくら高性能でも片手で持ちにくいようで携行使用に不便。
そう、文書・文献・資料・書籍は、それをうず高く誇らしげに積み上げる時代はもう終わっており、電子媒体―要するにPDFファイルにしてしまってゼログラム・ゼロスペース・ゼロベース革命の丘で所有してしまう時代なのである。単行本1冊が100MBとすると、10TBのHDDに10万冊が入る。研究者の一生に必要な量の10倍か10分の1だろうが、いずれにせよ、HDDの10TBとは、この記事で書いたBarraCudaなら現在4万980円である。10万冊を収める本棚は、一体何十万円かかるのだろうか。置き場所は確保できるものなのだろうか。しかもどの本も電子ファイルのように整理しやすく取り出しやすくはないだろう。書棚の価格は下がらないだろうが今後HDDいやさらにSSDの価格ときたら下がる一方だ。本は破損喪失焼失等のリスクに常にさらされるが、保存媒体を分散すれば電子データは限りなく安全である。しかもクラウドの時代だ。Googleドライブ10TB年額15万6000円と、経年劣化もし埃もかぶる数十万円の書棚と本の山と、どちらがトクだろうか。
それでも大方は本とかいう厄介な物品を所有したがるのだが、これは自分が「物体バイアス」と名付けている認知エラーに起因する病(認知バイアスは188あるがまだまだ見つかるだろう)で、書いてある事=コンテンツに用があるだけなのに本として物として手に取れるとヘンに安心してしまうのである。純然たる錯覚である。情報は情報だ。
自分が使っているのがエプソンのGT-S650というスキャナーだが、2016年5月上旬に買った時には8963円だったのが現時点で9282円になっていてそういった価格変動にも注意が必要だがとにかくこんなのを1台買っておけば十分。まず5年前後は持つだろうからその間にあんな書籍こんな書籍をぶんぶんスキャンし放題だ。こんなことはさすがに文系研究界で認識されており、買った本は次から次からスキャンする(もとい、TAの青年にしてもらう)先生や、スキャンするためにためらわず裁断してしまう先生などもおられる。どちらもドイツ文学関連の方ではないが。
で、このGT-S650だが、写真を扱うぐらいのレベルの代物だから9000円前後もするのだが、これはケチらんでよかったことが後に判明する。スキャナーは金に糸目を付けずに買ったほうがいい;どうせ元を取りすぎるぐらい取るのである(と言って別に安物というのもAma上ですぐには見つからないのだが)。何が言いたいかというと、プリンターと一体型のスキャナーの別に旧型でも安物でもないもの(使用時2017年時点)を使ったことがあるが、それはヒドいもので、仕様のしょぼさは固より、悪夢のような低画質なのである。Fazit:1万以上のスキャナー自体を買うことにしよう。で、このGT-S650だと、「グレー」の300dpiに設定してスキャンしたら書籍見たままに近くしかもテキスト検索も付けれれる(それ以上の品質でスキャンして容量デカくなりすぎるのも問題)からこれでスキャンすることになるのだが、その辺は、自身で買ったスキャナーによって、容量と相談しながら、いや何よりもググって色んな記事を参考にしながら、試行錯誤してdpiやカラーやその他の設定を決めていくことになる。(とは言え、モノ黒あるいは白クロのスキャンだけはさすがにやめといたほうがいい。本当に字たる字だけが画像化されることになる。まあ詳細はggrks。)
スキャンの手間だが、自分だと、橋本文夫『詳解ドイツ大文法』、それ以上にAndreas Heusler: Deutsche Versgeschichteが一番時間がかかったが、頁数からしてそりゃそうだ。もし買った本でも裁断できると言うのなら、したほうがいいだろう。ペラペラの紙をスキャンしていくのは著しくラクであるし、本を押さえ付けるのと違って平らで綺麗な面になる。そりゃそうだ。

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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第11回・文系研究者の環境~資料編④~(松波烈)

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先週、冠番組#168(2019年2月17日)で遂に2期生が出揃った。#160終盤で見掛けてから気になってた山崎天も登場した。見立て会でグループを斯界の「頂点に導」くと宣言した13歳。デビュー時点13歳と言えば、まゆゆや宮脇咲良や木﨑ゆりあ、佐藤杏樹や小熊倫実、向田茉夏や木本花音、城恵理子や薮下柊、江籠裕奈や北野瑠華、末永桜花や甲斐心愛、また、横道侑里や、横道侑里や、横道侑里や、横山結衣や、横山結衣や、横山結衣といったチーム8つまりチーム8の面々が思い付く。乃木坂と日向坂の新期生がまだ印象薄いが、欅の2期生が半数以上いきなり印象的だった。それにしても「ひらがな推し」#44終盤も見物だった。改名のくだり、視聴者のほうこそ泣けますな。ということで、今後、坂道3~6冠番組に加えて「イ申」も「SKEBINGO」も「HKTBINGO」も「ブンブン!エイト」もSKE「エビ」シリーズも観て行くのに大忙しだから、当ブログの更新がますます滞るだろう。
前回から続き電子媒体の利用ということだが、まず、Google Booksを利用してなんぼである。この記事の後半に何個かリンク貼ってる文献を見てほしいが、こういった文献は現代の組版で出版されることがない。当時の出版物をスキャンしたものが、再版や復刻海賊版になって出回るのみである。こんな話に用がある人間など文系研究者にしか居ないしその文系研究者がウェブ利用に疎いから、こういったことに関して知識が有って発言していく人がこの世にほとんどいない事になる(ありとあらゆる文献がGoogle Books化しているという想像を絶する情報量の世界なのだが)。例えば、こんなような、かかる海賊出版を指摘する単発的な文章があるのみ。ここに書いている「Nabu Press」など、実際何冊か買ってしまっているが、Google Books(のPDFファイル)をそのまんま印刷してそれにン千円という値段を付けて売っているものである。ええ商売してまんな。(20台の時、メキシコや上海で、当地流行の曲の入ったCDを路上販売で何10枚と買って甘露甘露だったものだが、これなども、二束三文のCDに焼いただけのものを値段(これも二束三文だが)付けて売っているのである。12年前の記事があるが、たしかにこんなのである。)さてGoogle Booksだが、欲しい文献を、作品名や出版年や出版社の名称と「Google Books」を組み合わせてググって見つける(なお、普段Gooleを使ってない人は即改めるように。Yahooというのは子供のオモチャである。学術者が使う検索エンジンではない)。例えばゴットシェートの作品など現代組版で出版されていないが、なんでもいいが例えば『Grundlegung einer deutschen Sprachkunst』が欲しかったとしたら、現時点でUlan PressとNabu Pressから海賊版も出てるが、そんなものは無視して、「Grundlegung einer deutschen Sprachkunst Google Books」でググるのである。書名がかなり特定的だから、著者名はいらない。ただしこれだけだと、

とこのように大量にヒットしてしまって戸惑うばかりだ。そこで、典拠のページを見て、「1748」を足せばいいと分かる。そうしてググると、このように見つかる。そして、左側の赤いところにマウスを持って行って、

「PDF」というのをクリックする。あとは何ステップかでDL出来る。これで君はGottschedの『Grundlegung einer deutschen Sprachkunst』を手に入れたのである。それは電子媒体として確かに文字通り「手中にしている」「所有している」のである。消えるのが心配なら、今までの記事で言ってきたHDDを他に買えばいい。高いのだし、USBフラッシュメモリを何個か買って分散して保存しておいてもいい(10年前に1万円だった32GBが今では890円だ。何という時代だ!!!)。108均でCD-Rを買ってきてもいい。クラウドなど腐るほど有る!!これがネット上で出来ることだ。もちろん、氷山の一角上の1雪片の1結晶ほどのことでも無い。これの100兆倍いや100那由他×100阿僧祇倍のことが、ネットでは、出来る。また、例えばクライスト研究者が多いだろうが、Berliner Abendblätterなど現代組版が存在しない。じゃあどうしたらいいか。海賊版?復刻版?バカな。まずこのリンク先を見よう。「Reprints」の項に、やはりPDFで当時の出版物として入手できるこのページに飛ぶようにリンクが貼ってある。この「インターネットアーカイブ」でDLするPDFはファイル内検索非対応のうんこファイルだったりするのだが、今のところはここしか見つからない。

ただ、ファイル内検索非対応だというだけで、Berliner Abendblätter全紙が自分のモノとなるのである。今書いた2例のケースをもとに、欲しい文献を自身でググると、その丸ごと全部が、 版権 著作権切れているものであるなら、電子媒体の形で手に入る。

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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第10回・文系研究者の環境~資料編③~(松波烈)

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前回から引き続き  坂口渚沙応援ブログ  文系研究者のPC環境がどういったものかを考察しているが、もう書くことも無いんで荻野由佳シリーズに   今のところ資料編として、レファレンスや文献の保存媒体を検討している。前回から大分更新が開いてしまったが、それは  研究活動に余念がなかったから  セトビンゴ観るのに忙しかったからであって、こういったことは今後もかなりあるであろう。
①~②では保存媒体としてHDDを考えたが、注意点として、「外付け」や「ポータブル」のHDDは買わないようにしよう。これだと本当に全くの保存媒体にしかならない。例えばOSを乗せるとか、常時SATA接続PC内蔵にしてしまうとか、NASに組み込むとか、そういった汎用性のある使い方が出来ない。裸のHDDを持っていたほうがいい。それにそもそもの前提として、そう、たとえ、外付けならこうやってポータブルならこうやって分解して中身を汎用させれるのだとはいえ、こういうお仕着せの商品を買ってしまうこと自体をやめていきたいのである。
ところで、①でリンク貼ったBarraCudaの1TBが今日見ると貼った時よりも100円下がっている。HDDもまだまだ安くなりしかも性能は上がるだろう。SSDも値下がり進行中で、IntelのLakeシリーズが終わるというような時節にでもなると、気軽に買えるようになってしまって、HDDがいよいよオワコンってるかも知れない。コモディティ化さまさまである。それに、自分だと①でリンク貼ったWestern Digitalの1TBも東芝の1TBもまったく不調の様子がないが、このように、HDDとは、ぼちぼち使ってれば大変長持ちするものなのである。間違っても、新しいの買いたいねんからさっさと壊れろやなどとは思わないように。
さてそれで、ケースに入れて、②で書いたようにUSB3.0接続でPCとつながったHDD、これに何を入れるかだが、ゆうて所詮大した容量は使わない。手軽なところならスマホ撮影画像動画が容量デカいほうのファイルになるだろうが、自分のHDDには何十枚もは入っていない。比較的容量デカいほうのファイルを入れたフォルダでも、Rar・Zip・JPEGファイルが主の画像フォルダで582ファイルの40.7GB、MP3・WAVファイルの音楽・FMシアター等フォルダが3400ファイルの56.2GB(うち48グループ+坂道グループのフォルダが約830曲の8.5GB、そして全部聴いている)と、何とも慎ましいものである。HDD全体で200GB使っていないから、たとえ今の10倍使ったとしても、これに加えて仮に動画を保存し出したとしても、まだ4TBも要らないだろう。①で述べたBarraCudaを狙うなら8358円である(ところが同容量でポータブルだと格安でも1,3800円!!!たっけ!!!)。なお研究に関しては、学位論文投稿論文その他その他と文献・資料などを詰めた「研究」フォルダで3936ファイルの20.6GB。うち所有文献PDFの9割を詰めた「PDF」フォルダが818ファイルの15.2GB。他のフォルダに入れている資料PDFやそれからJPEGやPNGの画像資料などを合わせても、研究に使用してきた・今後使用する電子データが1TBに達する日が来なさそうである。使う容量などこんなものなのだから、容量コスパ考慮してHDD選択するというのもどうかとすら言えてくる。

少なくとも現時点での使用状況だと500GBでも生きていけるから、いっそSSD選んでもいいかも知れない。中華だと「Zheino SATA SSD 512GB 内蔵SSD C3 2.5インチ 7mm厚 3D Nand 採用 SATA3 6Gb/s 3年保証」が6000円切って5899円である。こんな使用状況よりもっと慎ましい使用状況の研究者がいくらでもいるだろう。
さて、現在自分の研究業績状況で20GB台にも達していないPDFの電子資料集、これの内わけを見ながら、次回、文系研究者が所有して利用していく電子資料について  いよいよ加入した欅坂2期生について述べることにしよう。

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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