京都大学大学院ドイツ文芸表象論奥田研究室最新情報

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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教員雑記:読んできたテキスト(松波烈)

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2017年の教歴初年、講読の授業を1つ担当して、半期だけの担当だったが、下記のを授業で読んできている。出席者は僅か2~3万人と言えばそれだけだったが、まあ少人数授業形態となっていた。

・ シュヌレ(Wolfdietrich Schnurre, 1920-1989)の「Das Manöver〔軍事演習〕」、1952年の作品。
これのテキストはReclam文庫のショートストーリー集『Klassische Deutsche Kurzgeschichten』(ISBN: 9783150182512)から。この選集の中で特に感銘受けた作品で、翻訳もしている
黙示録的光景である。羊に殺される将官の様子が、ベトナム編で勇次郎に殺される散歩将官を彷彿させる。羊は危ないし強い。牛も危ないし強い。三びきのやぎのがらがらどん……

・ ヒルデスハイマ(Wolfgang Hildesheimer, 1916-1991)のショートストーリー「1956 – Ein Pilzjahr〔ピルツ周年1956〕」、1951年の作品。
これのテキストは短篇集『Lieblose Legenden』(ISBN: 9783518010846)から。歴史に架空の人物を潜り込ませて歴史上の出来事や実在の人物の業績の原因と成らせるというフィクション手法だが、当短篇集には他にもこういった手法の作品がある。ところでそういったものとして特段有名なのは、ドイツ語圏のショートストーリーではなくて、もちろん「フォレスト・ガンプ」(1985/1994)である。他に、例えば芸術物品に自分独自の感情と理屈で惑溺してこれの法律抵触的毀損行為に及ぶというモチーフでは三島由紀夫『金閣寺』(1956)が特段に有名だが、このモチーフではゲオルク・ハイムの『アンソロジー・窃盗』(1913)最後の作品「窃盗」が先であるとか、こういった先後関係を結構知っている。とにかく、在源研究が待たれる所である(遠大な空想だが、日本の近代文学がほぼすべて何らかの欧米文学作品に在源を取っていると断定している。教科書のあの文豪たち、あの人らが欧米文学を読んでいた量ったらハンパないんだから)。

大学授業は、①授業から知的刺激を受け取ってもらう②授業から情報探索法と情報源を吸収してもらって自主的問題解決姿勢につなげる、ということを心掛けて提供しているが、2017年には自分の嗜好が出しゃばっている。
2018年には前期と後期に一貫性と段階を持たせるというぐらいのことはした。

・ ドイツの各地方を舞台にした「Mordlandschaften」シリーズの1冊で2013年に出たミステリーアンソロジー『Heide, Harz und Hackebeil: Niedersachsens blutige Seite』(ISBN: 9783942446778)から掌編を3点、Eva Almstädt「Im Pietzmoor mit Petra」・Peter Godazgar「Der Aufschneider」・Tatjana Kruse「Kotz-Brocken」。
現代日本同様ドイツでもミステリー花盛り。後期のテキストがミステリー手法なので、前期で極短で平易で内容も浅い作品を読んで準備段階、とした。なお前期と後期で出席者が異なっていた…。
・ その後期、書簡以外はすべて原文読んでるハインリヒ・フォン・クライスト御大の「Die heilige Cäcilie oder die Gewalt der Musik – Eine Legende」。
この作品だが、原題を忠実に直訳すると、「セシリア尼物語もとい音楽という暴力(聖人伝を書いてみた結果ww)」ということになる。いや、こう書いてるんです。不定冠詞を理解していないと、最悪の場合「ドイツレクイエム」式の意味不明訳になる。Ein deutsches Requiemも正しくは「レクイエムをドイツ語でやってみた」という意味である。さてこの通り題名からして多義的で、内容もこれでもかと多義的、前期のテキストを大きくはるかに超えて過酷な文章、読みごたえがあります。現在出席者は1人だ!しかしこの人が取り組み姿勢が驚異的に良く、作品のディスカッションまで出来てしまっている。こんな難儀なテキストなので一度研究論文に取り組んで諦めたのだが、その残念を補って余りある高品質の講読になっている。

2018年には中級ドイツ語の授業を2つ担当しており、時間等の都合が悪いのか元々出席者がいなかった授業(同一内容の中級のほうでは前期後期10人前後出席者いる)なのもあり、後期には2人、しかも驚天動地にモチベが高く、19世紀のドイツ語に触れたいという希望まで言ってくれたので、希望に答えて、あの
・ シラー『美的教育』第24書簡を原文で読んでいる。上の「セシリア尼」の出席者がさすがに予習のシンドさを隠してはいない一方(しかしパーフェクトに読めている…)、こちらの授業では2人ともまだピンピンしている。とにかく3人とも学部2年生という…………京都大生のすさまじい知的水準を思い知った。

2019年にも講読授業を1ついただいており、今度はクライストの「マリオネット劇場論」とその研究論文(ロマン主義解釈・デ構築な解釈・サイバネティクス解釈)を読むと既にシラバスを提出している。

さらに今後、今までに読んできた文学作品、例えばイングリト・ノル『Falsche Zungen』(ISBN: 9783257064636)、ローバト・メナセ『Sinnliche Gewißheit』(ISBN: 9783518391884)、
フェリクス・ダーン『Die Bataver』(ca. 1890)、Friedrich Wilhelm Mader『El Dorado』(1904)、Rudolph Stratz や Jodocus Temme や Peter Rosegger や Wilhelm Raabe や Fanny zu Reventlow や Oskar Panizza や Walther Kabel や Lena Christの作品等を取り上げる機会があれば(いいな)と思う。

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