京都大学大学院ドイツ文芸表象論奥田研究室最新情報

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室

文系研究者の環境~ウェブ編①~(松波烈)

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室

研究室というのにはそんなにニュースもないもので、本ブログ欄更新のために根性で続けてきた「文系研究者の環境」シリーズだが、いよいよサードシーズンに入った。
前々回にウェブ上資料入手方法について書いているが、ネットの利用法は、あたり前田の中村主水にそれはもう まっっだまだ有って、あと阿僧祇那由他ぐらい有る。
ネットと言えばハイいかがわしいハイ終わりという偏見はさすがに絶えているだろうとしても、例えばYoutubeが20世紀の膨大な貴重映像(パターソン・フィルムなど生きてる間に見れるとは思ってなかった)はもとより、ありとあらゆる音源があるのかと思わせるほどの量のクラシック録音の宝庫(ワルターの「ドン・ジョヴァンニ」など生きてる間に聴けるとは思ってなかった)だったりする(どれもアップした個人の篤志によるものだが)ように、識者でもよく知らない人なら一顧だに値しないと決めつけるであろうページ或いはサイトも実は《まじめ》な用向きに適しているもので、今回はそういうサイトの利用法をちょこっと述べてみる。
(ただ、「一顧だに値しない」と決めつけられそうな事物人物も勝手にそう思い込まれているだけであって何事も捉え方次第であり、ユーチューバーなどがまさにそうであって、例えばヒカルやラファエルなどが典型的に示しているようなユーチューバーの経済活動などは特筆大書に値する新しい型の《新人類》的なものではないだろうか。有難い文物だってこうだ。)
というのは、物事を定量的に把握する手段にするという話である。これに関しては、例えば「Ngram Viewer」などのような、そういうものとして知られ渡ったツールもあるが、どんなページでも使い方次第だ。
例えばの1つとして、おおよその趨勢や傾向を調べるために集計を取るというのが考えられる。
では前置きの前置きはここまで。

 

恒例の前置き(本題はだいぶ下)

例えばYoutube、2019/04/07の9:16の或る一瞬を切り取ると、
・前回言及した風を待つ(のMV、以下同)だが、再生回数81万2078回(2018/12/26公開)、
・同じく前回言及したキュンが185万2899回(2019/03/26公開)、
つまりSTU48が3か月で達していない100万回台のしかも後半に日向坂46が10日ほどで達しているということが見え、ここから、両グループの知名度・勢力・情勢などについて何らかのことが見当つく。再生回数など偏りもサクラもいくらでも考えられるとはいえ、(十)万以上の単位での比較なら何かが比較できているはずだ。それは、CD売り上げ枚数(にしたって偏った購買が考えられる故そこまで精確に参考になる指標でもない)から分かることとはまた別のこと、全世界につながっている動画サイトの再生回数から分かることである。
46同士で比べると、上記2点と同じような最新シングル表題曲のMVの公式によるつべアップページを見に行くと、
黒い羊が2019/02/26公開で582万0168再生
と妹グループに知名度の差を示している形だ。たしかに、
・姉グループの帰り道は遠回りしたくなるが1703万8184再生(2018/10/17公開)だが、
ガラスを割れ!の3879万2228再生(2018/02/13公開)
との差異を見ると、
サイレントマジョリティー(1億2271万9746再生(2016/03/15))
の勢いいまだ冷めやらずといったことが推測できるのかもしれない。「黒い羊」も近々1000万台に乗るだろう。この勢いは相当なもので、本家の
・2010/09/08公開のヘビーローテーション(1億4944万3836再生)
・2013/10/30公開の恋するフォーチュンクッキー(1億6928万0395再生)
と比しても判るとおり。そして本家であってもしかも表題曲であっても1000万台に達することが常のことではない。現時点では鈴懸#好きなんだ唇にBe My Baby等が達していないし、ジワるDAYS(2019/02/25公開)も今はまだ達していない。それは妹グループならなおさらそうで、例えばSKE48とNMB48を見ると、
・2018/11/20公開のStand by youが58万3758再生、
・2019/01/25公開の床の間正座娘が99万6330再生
である。
もちろん以上の数字は、世界中につながっている動画アップサイト上での関連グループたちの受容知名度を表示するものでしかないが、サブカルチャーの動態研究上は無視できない定量的指標となろう。
そして言うまでもなく曲のよしあし自体を語っているとは言えないだろう。自分なら、この中で言うかぎりでは、神曲を超えた神曲の風を待つを除けば、さすがの安定の乃木坂より僅差でStand by youが聴き応えある(SKEの名だたる神曲たちの中でも上位30位には入る)。が、この中では再生回数最少である。ただそれを言うと、この記事にもリンク貼った世界はどこまで青空なのか?など、ジャンル超越した永遠不変の名曲(そして衣装もズバ抜けてる)だが、2017/11/06公開MVの再生回数がいまだに170万台である。
ちなみに、再生回数が多くて当たり前のあの国からの数字を挙げると、(見つけた限りでは)2010年前半には再生回数最多だったLove The Way You Lieが今となっては17億5166万9176再生(2010/08/05公開)、これはもう少ないほうで、ちゃちゃっと見たところでは、61億1023万0417再生(2017/01/12公開)のDespacitoから、Shape of YouSee You Againが40億台、Uptown Funkが30億台、SugarRoarShake It OffBailandoWork from Homeと20億台がぞろぞろ、他に、なつかしのCall Me Maybeが11億6655万1903(2012/03/01公開)、Bad Romanceが10億4387万6335(2009/11/24公開)、 Thrillerが5億台(2009/10/02公開)、Girls Just Want To Have Funが7億2877万4230 (2009/10/25 に公開)という具合である。
なおドイツだと、あの故人たちこのお馴染みたちそのロートルたちのどれもこれも話にならん低受容度な中で、Rammsteinがひとり飛びぬけている。SonneIch WillDu HastIch Tu Dir Weh(すべて2015/07/31公開)、どれも1億回を超えている。これには99 Luftballons(2015/05/01公開の5280万1618再生)も遠く及ばない。最近の音楽シーン、例えばBonez MC & RAF CamoraなりBausaなりKay One & Pietro LombardiなりMiami YacineなりSummer Cemなりなら1億回超えもあるにはある(し、ラップだから当然だろう)が、かと言ってRammsteinほど何曲もというものではない。
(以上の数字も数カ月でそれなりにか劇的に変わる。あくまで上記時日内の一瞬間上の数字である。)

 

やっと本題

という前置きに続いて述べる本題だが、Wikipediaを使った統計ということである。文学理論書では英米仏文学の話ばっかだし原作の読まれているその知名度もドイツ文学は一部を除いてかなり低いのが正直な実感だろうが、実際どうなのだろうか。
或る時、生前には現地でも無名のにいちゃんだったカフカに、Wikipediaで百数十超の言語数のページが有るのを見つけて大いに考えされたことがあった現在では実に152言語だ。(ただ、Wikipediaがページによって言語数表記に多少の違いがあるので、挙げてく数字には1~2程度の誤差がある。)ブレヒト95・ヘッセ99・父マン104などを大きく上回り、ヘルダーリン56やH・v・クライスト58やシュヴァイツァー72やユング89やグリム兄弟90やシラー103は当然のこと、さらにニーチェ149・ウェルギリウス149をも上回り(!)、ルター161・ゲーテ171・ホメロス170・ダンテ172などに迫る。
ちなみに、シェイクスピアで192、セルバンテスが160、ディケンズが146、ジョイスが131、アガサ・クリスティ119、オースティン109、ルイス・キャロル108、ドイル106、フォークナー97、パール・バック95、サリンジャー78、ユーゴー159、プルースト124、サルトル129、カミュ118、ヴェルヌ112、サン=テグジュペリ94、ウンベルト・エーコ96、トルストイ161、ドストエフスキー154、プーシキン146、ゴーリキー104、キルケゴール101、ミラン・クンデラ72、スヴェーデンボリ56、魯迅104、林語堂29、ガルシア・マルケス144、ボルヘス130、アストゥリアス76、アジェンデ63、フエンテス56、カルペンティエル49。
現代を見ると、トールキン131、J・K・ローリング113、G・R・R・マーティン79、ヨースタイン・ゴルデル52、しかしケルスティン・ギアがわずか15と、ドイツ文学は現代でも知名度が下がる。どうも最新ほど弱いのか、アンネ・フランクが106、グラスが100・ベルが87・カネッティが75・ハントケが50・ケストナーが49・バッハマンが40・クルーゲが24・ボート・シュトラウスが17・マルセル・バイアーとゲナツィーノが12… 。ただしイェリネクが87。
もちろん文学だから社会的重要(視)性に劣るというきらいがあって、例えばマルクスが181でフロイトが160の毛沢東155と、社会的インパクトがものを言ってしまうのが普通である(確かにウィトゲンシュタインが102、ハイデッガーが86)。だって『聖書』が236・『コーラン』が167なのだから(ちなみに『共産党宣言』が90で『我が闘争』が76で『毛主席語録』が36)。そうすると『論語』が41というのが考えさせられる。ただし孔子は208!チンギス・ハーン149や始皇帝166よりも多い。イエス245より少ないが何とムハンマド188・釈迦178を超す。儒教は世界での受容人口が比較的限られているほうなはずなのに、こうなのである。(ちなみに『聖書』はそもそも翻訳言語数も出版数も飛びぬけて多すぎる点を要考慮。)
さて、こう見てくるとカフカがいかに化物か分かる。権威なし・七光りなし・個人としての目立った行動等なし・そもそも生前には知名度なし・文学的成功への特別恵まれた教育や環境などなし・作品の生前ヒットなし・作品の社会的インパクトなし・身近なライバルたちなし、純-文学的パワー=作品の持つチカラだけでここまでの知名度と人気にのし上がっているのだから。カフカとでんでんむChu。
日本文学だと、紫式部125が飛び抜けている(『平家』が21で清少納言が49)が、明治大正の大物連が漱石48・鴎外30で他はもっと少なく、川端康成92や三島由紀夫82が意外と村上春樹78や大江健三郎78を上回っている。なお東野圭吾で13、宮部みゆき13、他もこんな数字。そうすると、手塚治虫が53・宮崎駿が79・AKB48が67・ビートたけしが55・宮本武蔵が63なんてのを見ると、嗚呼しょせん文学そこまで関心を惹かないなと思えるだろう。(ちなみに黒澤明が133というのも考えさせられる、なんたってゴダールが62でウディ・アレンが101でスピルバーグが125、チャップリンでやっと178なのだから。)
こう見てくるとカフカがいかに(ry

 

さて以上見てきたように、ウェブ上で統計が取れる。それも、最もたくさん見られているサイトから取る統計だから、世界中での受容度を知る上でそこそこまあまあ大概参考になるだろう。それに本記事に記しているのはたっだの純然サンプルにすぎないから、これを端緒に、自身でのウェブの利用(文字通り)方法を見つけていかれればよいのである。

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室