京都大学大学院ドイツ文芸表象論奥田研究室最新情報

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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第32回・文系研究者の環境~デバイス編⑥~(松波烈)

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この記事に引き続き、去年10月に出ていたハイエンドスマホGoogle Pixel 4のメモですが、

売りの1つが暗所での撮影に強いカメラということで、実際「夜景モード」で何気に撮ると

という精彩な画像が撮れる。大分明る目に設定してあるから写真も明るい。

この明るさ調整だが、暗所でカメラを固定しても「天体写真機能 ON」が表示されない時には明るさを高くしていく(指先でのコンマミリ秒の調整)とONになることがある。というのは、肉眼ではどれだけ暗く見える風景でもPixel 4には豊富な光の情報だらけらしく、自分の目で見て暗いと見える場所からさらに何も見えない場所を撮っているつもりでいても、「天体写真機能」を発揮するまでもないから、別に大して暗くないから、のようである。明るく撮ってと指定しないといけないということである。実際「夜景モード」という言い方が語弊があって、「夜景」たる【街の灯りの遠景】を収めて「夜景モード」にしても、「天体写真機能」は立ち上がらず、上に言ったように明るさ指定を最大に近付けていくと立ち上がるのだが、ここで1分台・2分台・さらに4分と露光してみたが、ギラギラの写真が撮れるばかりだった。

そうは言いながらも、どんなシャシンが撮れるのかを比較してみよう。

↑ 天体写真機能 ON、露光2’19、「ファー」のフォーカス

↑ カメラモードで無調整

↑ 夜景モードで数秒だけ露光

すべて同一被写体の2.5倍ズームだが、こう比較してみると、いかがだろうか。「天体写真機能」で撮ったものが一番、いや普通カメラで撮ったものが一番という見方もあるだろうが、大方は、夜景モードで数秒だけ露光している最下の画像がイイと見るだろうと思われる。

しかしまあ、撮った時はギンギラギンやないけと見えたがさすがに「天体写真機能」で撮った絵は劇的で何か物語があるかのように見えるいや魅せる。下2枚のおっとなしい優等生ぶりに比したら好ましいかも知れない。未知との遭遇をしているシーンだ。丸神頼之はどこへ行ってしまったのだろう。

とは言うものの、やはり「天体写真機能」は本当に光源が限られているシーンでモノを言うようだ。そういった場所を確保してこの機能で撮れた絵を近日レポートしたい。

 

この、「肉眼ではどれだけ暗く見える風景でもPixel 4には豊富な光の情報だらけ」という私で勝手に作った公準は実に本当で、多少でも光があればそれをAIがばんばん活用して鮮明で精彩な画像を作り上げてくれる。

つまりAIが人工的に構成する風景なのであるが、人間の目だって目というより99999%脳であって脳が処理したモノを見ている見させられているだけであり現実の直視ではなく構成でありフィクション造りである。

ということで、「天体写真機能」を発揮しなくても、「夜景モード」で数秒露光しただけでも大変鮮烈な絵を撮ってくれる。(もちろん左の画像は元容量から相当圧縮してある。それでこの鮮明度だ。)

そのことを確かめるために下の2枚を用意しているが、2枚のうち右の画像が普通カメラモードで明るめ設定で撮ったもの、左が全部同条件で「夜景モード」で数秒だけ露光して撮ったもの。画質の差が歴然である。特に影の処理に如実な差が表れているが、そこだけでなく、カメラモードだと全体がノイズがかかっているのに対して夜景モードだと写る全物体が輪郭クッキリである。このサイズでアップしているからそれが見えにくいところではあるが。

とはいえ、繰り返すが、たいがいさいきんまでガラケーカメラだった自分などからすれば、右のカメラモード撮影画像でも十二分に驚異的な絵である。現代のカメラ技術は夜の路地のような難所をここまで魅せれるように出来るものなのか…。

というか、そのガラケーでも全く撮ることもなく勿論デジカメもほぼ触わったことがない自分からすれば、現代の超テクノロジー時代にタイムスリップした気分、ただただ驚嘆である。

日本は今国威も経済もずいぶん斜陽らしいが、しかし、かといって、全盛らしい戦後数十年間だかバブル期だかに戻りたいだろうか。90年代ですら、それこそムーアの法則により、現時点から見れば、ITの極貧困時代にすぎないではないか。

生後~2000年代頃までの写真や広告や物品や文物や風景や映像や表象に終わってくれてよかった旧時代という悲壮しか見えず何のノスタルジーも知覚しない中年は全国で私だけだろうか。
(昔日を賛美する傾向や旧時代の物品を愛好する趣味がrosy retrospectionまたはnostalgic biasという認知エラーだと現在科学で明らかになっている。)

さて、比較2枚の内の夜景モード撮影画像、「天体写真機能」ではなく、機体を固定せずとも使える機能(数秒だけ露光)で撮ったものであり、これだけのモノが撮れるのである以上、Pixel 4の本領発揮には三脚必須なりということには別にならない。それもまた出来るししたらいい場面がある。上に述べたように、近日実証して行きたい。

 

さてPixel 4のカメラの売りとして他に望遠撮影があって、他のサイトの分かりやすい説明を見てもらったほうがいいから、非常にわかりやすい説明のページなり、iPhone 11のズームと比較しているページなり、今本稿がしようとしているみたいに夜景モードと望遠を組み合わせているページなりのリンクを貼っておくが、実に、Pixel 4というのは、暗所を明るくして物が見えるようにした上に、さらに、遠くの肉眼視認不可能なものをはっきり見せてくれる、ということが出来る代物である。

 

 

 

 

 

左端の画像が望遠最大の8倍、そこから右の画像がややひいたもの、右のがもっと引いたもの、右端のが望遠なし。つまり右端の位置から撮っているのだが、左端に見るように数10メートル離れたところにある選挙ポスターがはっきり見える。画像は相当に圧縮しているが、元画像では選挙ポスターは字まで見えて何が書いてあるかが読める。

こう見るとPixel 4の凄さが判ってくるかも知れない。実際これは上述したように光を何かに焼き付けるカメラたるカメラではさらさらなく、高機能レンズとAIが織り成す光のマジックなのだろう。

という事を、次に比較する画像2点で見たいのだが、 左が夜景モードの数秒露光で撮ったもので、右が同一の被写体を普通カメラモードで撮ったもの。

右のが肉眼で見ている画にもちろん近く、左の絵がヒトの目に映ることなどないであろう造られた画である。やはり圧縮していてよさが分かりにくくはあるが、夜景モード版のほうは葉や枝の輪郭が克明に写っている。

しかしこのように見ると、夜景モードは、単にわずかな光源から被写体の視覚像を構成しているマジシャンというだけのものだろうか。実際肉眼では右のところまで見るのが限度で、テクノロジーだと本当の実際に左のところまで「見」えているのではないのだろうか。それを提示しているのではないのだろうか。目で見て暗くてよく見えないものならそれは本当の本当にそこまでしか「見」えないものなのだろうか。ヒトの桿体細胞なり視神経なり視覚野V1~の限界と、ブツそれ自体・そのソレが本当にどこまで「見」えるものであるのかは、モトより違う。左のように見える生物がいるのかも知れない。少なくともPixel 4(やその他のカメラ)はそういう生物なのかも知れない。

いずれにせよ存在しているものは電磁波だ。電磁波を、カメラならこう解釈する、ヒト大脳ならこう解釈する。野菜シスターズ。青・白・青 どっちだろう

ちなみにこれら2点だが、ここでも画質が落ちないズームを実証したくて1.5倍ズームをかけているのだが、等尺だったほうが枝がぎょうさん映っておもろかったかもしれない。アップ絵よりも引きの広角絵が欲しいところだった。そのことから思い出すのだが、Pixel 4の欠点として(電池が2800mAhで持ちが悪いの他に)よく言うように広角に弱いというのがあって、広い画角が欲しければ、前作の「3」の97°から90°に落ちた前面カメラを使うことになる(背面は52°~77°)。もちろん背面カメラより画素数が落ちる(普通レンズがSony IMX363で1220万画素/普通レンズがSony IMX481で1600万画素/前面レンズがSony IMX520で800万画素)が、実際撮ると、このようである:

これが背面だと狭い画角になり木が迫ってくるばかり。前面カメラ、優秀で大助かり。それに、画素数が落ちてるとはいえ、画質も、どちらにせよ超絶テクノロジーなだけに、体感上の違いがあり得ないだろう。

非常によく言うように画素数は数百万で十分で画素数競争はどうかというものでもあるようだ。

(画素数の何がどうなのかの問題は込み入った話だしこの件には相当量の記事と議論があるのだが、例えば低画素数だからいいのだということを説明しているこの分かりやすい解説ページなど見てもらいたい。ちなみにここに、iPhone6のカメラが800万画素でCMOSイメージセンサがソニー産だとある。「11」もソニー産だとこのページにある。)

競争の中、去年11月発表のXiaomi「Mi Note 10」の1億800万画素というのも出ている。gigapixelと言えば1999年時点で17億画素の写真が作られていて2010年代が数千億画素の時代だったが、こういうのはスマホで手軽に一瞬で撮ったようなものなのではない。1億画素をパシャパシャというのがどんだけスゴいことか。

そう言えば、回線速度はNURO光な2Gbpsも到底必要なく100Mbps下回っても一般使用では体感上の違いはまず無し(逆に非一般というのはひたすらオンラインゲームの話に限られる。PCやスマホの超高スペックはただただゲーム(特に3D)のためのもの)とも大変よく言うが、似た話である。

そうは言っても、せっかくテクノロジーが爆発的進歩したがっていてしているのだから、そう水をささないで、意味がなくてもあってもどっちにしろ、IT技術には、精密化・微細化・高機能化の道を突き進んでもらったらいいのではないだろうか。

さて暗所から抜けて昼日中だが、広角に弱かろうと夜撮ってなんぼだろうと話がなにがどないでも、結局Pixel 4は画質が超高い。そういった場合に、例えば風景を撮るなら、特別にどこかスポットに出掛けて入念に構えて撮るべきものだろうか。そも撮影スポットや名所は誰もが撮るところであり被写体としてオリジナリティがない。周辺近所だと、自分が住んでいる所という何よりのオリジナリティが得られる。その際に特別な技量や撮り方がまた是非あるべきだろうか。しょーもない近所を素人がてきとーにパシャっとやっただけで目も覚める鮮やかな絵が撮れる、そんなテクノロジーの恩恵を楽しむというカメラ時代なのではないだろうか。そう考えるとインスタ映え的な撮り方もどうだろうかというものだ。お仕着せて・装い凝らして・念入りに構えて・やっと撮った上で・さらに加工に加工、そんなコシラえ上げた写真、もうそんなのは要らないですではないだろうか。特に考えもなく日常のつまらんものを撮ってもそれが非日常で特別な画になってしまう、そんなカメラを持っているのだという自分の時代の自分の持ち物の自覚をちゃんとしたいものである。

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