京都大学大学院ドイツ文芸表象論奥田研究室最新情報

京都大学ドイツ文芸表象論(奥田)研究室
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第35回・文系研究者の環境~デバイス編⑧~(松波烈)

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この記事に続きハイエンドスマホGoogle Pixel 4の考察。

どんなハイエンドスマホたちが暗所を鮮明に撮れても、Pixel 4がひとり夜の魔術師たることには違いがない。例えばこれまでに見てきた「夜景モード」だが、明るさを最大限にして撮ると、

このようになる。これは昼の露店ではなくて、夜の真っ暗な路地裏である。

このようにPixel 4というのは夜から夜を奪ってしまうような代物なのだが、こうして得られる絵ときたら、もはや、肉眼で見えるものなり自然な視覚風景なり云々といった事とは関係がなくなってしまっている。リアルな表現だとか、忠実に収める道具としてのカメラだとか、そういった文脈と手を切ってしまっている。そこまで言っていいだろう。おそらく、Pixel 4は、ひとり、見えるものや見えるはずのもの云々といったハナシに縛られず造りに造った人造世界を演出するという独特の道を行っている。それが、ソフトウェアがすんごいということの真意味だろう。

本機のカメラ機能について発売当初から無数の評言があるが、ほぼどれも、Pixel 4がやろうとしていること・やってしまっていることの真命題が分かっていない。一方、こんなことを考えながらググっていたら見つかる分かっている人の文章(別所隆弘氏の「Googleのスマートフォン Pixel 4が切り拓く「カメラの再発明」と「写真の再定義」 」)を読むと、Pixel 4が如何に撮影というものを革新してしまったかが伝わる。というかこの文章非常に見事に書かれてあって、こっちを読んだほうがずっといいから、本ページよりも、この文章を読んでください。

そして上の絵のような絵が撮れる視覚世界造り能力つまりソフトウェア能力が、「デュアル露出補正(Dual Exposure Controls)」である。

例えば下の画像の下端に出ている2つの目盛りの右側(露出補正ハイライト)が明るさ調節で、これをグンと上げると上掲画像のように夜を殺してしまう。次に、2つの目盛りの左側が暗部補正シャドウ調節で、これを上げると、影かかって暗くしか見えないオブジェクトが、(現実視覚風景と違って)クッキリ見えるようになる。だから、モノをハッキリ見たいか・シルエットが欲しいかでシャドウを調整する。とはいえ、画面上をタップしたら自動でハイライトシャドウを設定してくれるから、こうしておいて自分で調節しなければ、そこまで不自然な光配置にならないことになるだろう。

例えば曇った日に見える風景の普通は上図のようなものだが、シャドウを調整すると下図のようになる(ハイライトはすべて同調整。以下同じ):

やはり、「見え」ているものが「撮れ」ていると言うのに抵抗があるような絵だろう。そもそも肉眼ではどれだけ暗く見える風景でもPixel 4には豊富な光の情報だらけなのではあるが、それでも、右図のような画像は、高度な集光レンズに映ったモノそのもの自体というよりはずっとはるかに、ソフトウェアが光情報を元に人工的に制作した制作物である。

細かい違いを見てみよう。上から下にかけてシャドウを少なくしている。

上から下にかけて、リアルで物語の有る(文字通り翳の有る)絵から、物体をハッキリ見せてやろうというAIの人造作業になっていっているのが分かる。最下段のように「見」えることなど無い。それは撮るものであり造るものであり演出するものであり、ITの時代の申し子というべき産物である。

例えば照明ない地下的な場所などがどう「見」えるかと言うと、勿論こう「見える」より他ない:

これが「見え」というものだ。これ以外に見えようがない。しかしPixel 4が暗部を奪うと、

という風に「撮」れることになる。Pixel 4は闇を抹殺する。

もう一度言うが、目の・肉眼の体験がだいたいこのようなもの

なのだろうと提示するPixel 4は、指定すれば、

という像も提示する。影とは何なのだろうかと考えさせられ、従って同時に、光とは何なのだろうかと考えさせられる。

 

明らかに、スマホカメラが普通のカメラと競っても仕方なく、これを範にし続けても仕方がないし、そんなことをしていないだろうし、そんなことをしていないのがスマホカメラというものなのだろう。Google Pixel 4が特に顕著にやっているみたいに、絵を収めながら同時にAIが仕事をするというカメラ、それがスマホカメラなわけだ。

そしてそういったスマホカメラの自分らしい在り方(Bestimmung)を最もまっとうしているのがPixel 4なのかもしれない。ありのままを写し撮ることこそしないで、加工し人造した世界を造る。だから望遠性能にこだわったのかも知れない(目玉機能の「超解像ズーム」)。

例えば「4」で搭載されなかったとさんざん非難されている超広角だが、非難している者は、Googleスマホのやろうとしていることが分かっていないと言うしかない。超広角で撮れる絵は肉眼視に近いものである。これを仮に超々々々…広角していけば、いずれ、見ているがままの風景に近付いていくだろう。しかしそんな「まま」なんてのをGoogleスマホは追求していない、逆を追求している:いかに撮るかでなくいかに造るか。いかにソフトウェアに仕事をさせるか(現代はソフトウェアの時代である)。

広角の反対の望遠の方向がそうだ。それは自然ではない。広角で撮れたものを見ることは自然に見ること(むしろ生物は広角の見方しかできない)であるかそれに近いが、一方ズームして見ることは是いかなる生物にも出来ない(ズームされているような視野を持っている生物が居たとしてもそれは元々がそうだというものであって飽くまでズーム「する」ことは出来ない)。

超広角には目もくれずレンズ搭載もせず超解像ズームに傾注したPixel 4が、2019年で最も正答を出したカメラスマホなのかも知れない。言うまでもなく、正答とは万人に受け容れられるものではない。

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